絶体絶命
しかし発火の音は届いてこない。
ふと佑紀乃が顔を上げ、拳銃に目をやる。
男が引き金の指に力を何度も入れるが、弾は発射されない。
男と不死川は手の届く距離で向き合っている。
不死川の手が男の拳銃の手に覆いかぶさっていた。
「……あれ、どうして——」
男はしばらくして、拳銃を離すと、
「くそー!」
そう叫んで走り出そうとした。
不死川が叫ぶ。
「ゆきりん、横の球を!」
佑紀乃は指差された方をみると、『防犯用カラーボール』と書かれた蛍光オレンジの球が目に入った。
「これ? 投げればいいのね」
「……はい、それを……」
不死川の話を聞く前に、佑紀乃はすでにカラーボールを握っていた。
男が自動ドアの前にたどり着く。ドアが開くまではまだ時間がある。
佑紀乃は一呼吸置いてから、モーションに入った。投球フォームは「ウィンドミル」、ソフトボールの最もオーソドックスなフォームだった。腕を円状に一回転させてまるで風車(ウィンドミル)のように投げるそのフォームから繰り出されたカラーボールは凄まじいエネルギーを持って、ストレートに今まさに自動ドアを抜けようとする男の後頭部に命中した。
オレンジの塗料が男の頭を中心に飛び散った。
それだけではない、そのまま男はその衝撃で店の前にばたりと倒れ込んだ。
佑紀乃はその姿を睨みつける。
「ゆきりん、すっげー!」
「ゆきりんさん、お見事です!」
「昔、ソフトのピッチャーやってたからね、コントロールだけは自信があったんだ」
そろりそろりと3人は伸びて倒れている男に近寄った、どうやら動いていないようだ。
背後からにゅっと、不死川も顔を出す。
「……ゆきりん、すごいですね。まさかこんな使い方をするとは」
「え? 私何か使い方間違ってた?」
「……いや、いいんです。でも本来なら犯人の車に当てるとか、逃げる犯人の足元を狙うんです。そもそもここまで正確に当てることのほうが難しい……」
「うそ? 私まずいことしちゃったかな……」
「いやいや、いいんです。こいつは歴とした犯罪者ですから」
背後からパーマンがやってきた。
「いやー、びっくりした。意外と重たいんだな、よく出来てるからてっきりこれ、本物かと思ったよ」
そう言ってパーマンがカウンターに置かれたままだった拳銃を持って、2、3度宙に上げては握る、を繰り返した。
「……あ、パーマン。それ本物なんで、あまり乱暴に扱わないでください」
パーマンが口をポカンと開けたまま固まった。
「嘘っ……! だってさっき引き金カチカチやっても発射されなかったじゃないか……」
パーマンの拳銃を握っていた手が震え始めた。
「……ええ、まず、銃口をこちらに向けないでください」
……はい。と言われるがままにゆっくりパーマンが銃口を下へ向けた。
それから不死川がゆっくりパーマンに近づくと、そのまま拳銃を受け取り、再びカウンターに戻した。
それから、ふぅ〜、とその場に崩れ落ちるパーマン。
佑紀乃もじっとその拳銃を見つめた。
「私も不思議に思ってたんだよね、てっきりひよこ兄さん、撃たれるのかと思った」
「……ええ、先ほどは危ないところでした。撃鉄が上がって無かったんで、それに賭けてみることにしたんです」
「ゲキテツ?」
「……はい。拳銃が弾を発射するには、撃鉄と言われるハンマーを上がらなければなりません。通常は撃つ直前に上げるか、そのまま引き金を引くか、なんですが」
「うーん、よくわからないけど、そこを封じたってわけね。でもそこを封じる前に引き金をひかれちゃったら?」
「撃たれます」
「……え、撃たれるって?」
「死にます」
佑紀乃はゾッとした、そして全身に鳥肌がたった。
「じゃあさっき、かなり危なかったんじゃないの!?」
「はい、かなり」
気づくとパーマンが床に体育座りをしていた。
「だったらさ、さっさと金渡した方が良かったんじゃないの?」
不死川がじろり、とパーマンを見ると、パーマンはびくっとしたあと、しまった、という顔をした。
「……ええ、パーマンの言う通りそれが良かったかもしれませんね。でも久々に社会のゴミを見つけたんで、血が騒いでしまいました。次からは気をつけます」
「え、いや、その……。本当にゴミみたいなひどいやつですよね! ひよこ兄さんを命の危険に晒すなんて……」
「お前もゴミだけどな」
カンナが上から体育座りのパーマンを見下ろした。
「さっきはひよこ豆ちゃん犠牲にして助かろうとしたくせに!」
「あ! お前、そーゆーの言わないの! そんなキツイ冗談言ったら、ひよこ兄さん本気にしちゃうかもしれないだろ! ねえ?」
次の瞬間、誰かが不死川の右足に衝突した。
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