第2章 丹下 青葉という女

パーマン宅

「あのさ、パーマン」

「はい? 何でしょう」

「一つ聞いていい?」

「はい? 何でしょう」


 パーマン宅では相変わらずカンナはランニングマシーンで汗を流す。

 メガネちゃんは持参のエプロンを身につけ、鼻歌交じりに料理を作っていた。重いリュックを背負ったまま。

 パーマンはというと……


「なんで正座してるの? 自分の家なのに」


 パーマンは地べたに正座し、背筋をピンと伸ばしていた。


「いーえ、別に。意味はありませんけど?」


 最後の「けど」の声が上ずっていた。


 ふーん、と佑紀乃は納得のいかない表情を浮かべた。


「……パーマン」

「はいっ!」


 低く響いた不死川の声に、パーマンは飛び上がった。


「……良い、家、ですね」

「いや、その……まあ、何というか、その……」


 手をもじもじさせて、パーマンはどもっていた。

 それを見て佑紀乃は、まったく、という素振りでため息をついた。


「あーすっきりした、今日はとりあえず、6kmにしといた。シャワー借りるね〜」


 そう言ってカンナは自分の家のように風呂場へと消えて行った。

 佑紀乃がパーマンに詰め寄る。


「シャワーって、まさかあんた達……」

「そんなわけないだろ? 何で俺があんなやつと……っていうか、あいつなんでうちの風呂場熟知してんだよ、あー怖っ!」


 そういって、ニコマートのチキンバーを食いちぎった。

 向かいでは不死川が、おつまみのさきいかを小さくちぎっては食べ、小さくちぎっては食べていた。その一口パクリ、とするたびに、パーマンはまるで自分が食べられているかのように、びくん、と背筋を伸ばしていた。


「お待たせしました〜、今日は『こんにゃく麺とボッコンチーニの冷製ジェノベーゼ』ですよ」

「ボッコンチーニ? なんかいやらしい名前だな」

「パーマンさん、女子の前ですよ。下ネタはやめてください」


 パーマンは不死川をちらっとみた、そして背筋を伸ばす。


「はい、すみません」

 佑紀乃が割り箸を準備し、その一つをパーマンの前に置いた。

「パーマン、ボッコンチーニ知らないの?」

「聞いたこともない」

「ボッコンチーニは一口サイズのモッツァレラチーズの事。最近女子の中では人気なんだよ『ね?』」


 最後の「ね」で佑紀乃とメガネちゃんはハモった。


 大皿の上には、小さく切られたトマトと、白い塊のボッコンチーニ。盛り付けには大きいサイズの葉、スイートバジルが乗せられていた。

 ちょうどカンナもシャワーから帰って来た。


「あぁ、スッキリした。なにそれ、めっちゃうまそーじゃん」


 そう言って、濡れた頭をタオルで拭く。


——いっただきまーす——


 何人かの声が重なりながら、みな各々に箸をとった。


「うまい! メガネちゃん、俺ん家で毎晩作ってくれない? お金払うよ?」

「えー、高いですよ」

「いくら?」

「1日3万2400円です」

「税込みかよ、リアルだな」

「私の家はどう? 女同士で少し安くしてくれないかな?」

「佑紀乃さん家ならただでいいです」

「は? 何その差別、ひどくない?」


 カンナが腹を抱えて笑った。


「そりゃそーだろ、こんな奴の家に独りで料理作りに来るなんて、デリヘルと同じくらいリスクあるわ」

「デリヘルの方がまだ割安だし」

「……あの、すみません、って……」


 パーマンはとっさに両腕でバツを作った。


「あー、無し無し! メガネちゃんは聞かなかったことにして!」

「え……気になる……。あ、そうだ。良いこと思い出した」


 メガネちゃんがスマホを取り出した。


「えへへ、だいぶできるようになったんですよ。ヘイ、シリ!」


——まさか、嫌な予感。


 ポポン、ピン! と音がした。


「やった! 最近反応いいんです、私のSiriちゃん。あの、でりへる……」

「あーーーー、そのーーーーー、おおおおお」


 パーマンが大音量で、阻害した。


「まあまあ、いいからいいから、とりあえず、それはしまいなさい」


 と言って無理やりスマホをカバンにしまわせた。

 しまわれながらもスマホからは、「このアたりノ、デリヘルについテけんさく……」という声が漏れていた。


 佑紀乃がスライストマトを頬張りながらメガネちゃんを見た。

「そういえばさ、さっきニコマートであった子達、メガネちゃんの同級生?」

「えっ? あ、あの溝端君達ですか?」

「そう、どうなの? 好きなんでしょ?」

「え?」


 そう言って、持っていたグラスを落としそうになるところを、パーマンが絶妙なタイミングで拾い上げた。


「いや……その……」

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