責任って?
いつの間にかカンナが、メガネちゃんの後ろに立っていた。
「あんた、そんな理由で医学部目指してんの? おかしいよ、それ」
パーマンは視線を上げなかった。
「さっきから親父がとか、周りがとか何とか言ってさ、結局自分はどうなの? なりたいの? お医者さんに」
パーマンの眉が、ぴくついた。
「そりゃ……あれだけ期待されたら、なるしかないだろ」
「そうじゃなくて、あんたがどう思うか、よ。お医者さんの仕事に憧れる? この仕事について良かった、って思っている30年後が想像できる? 他のどんな仕事よりこれに就きたいって、心から思える? どうなの」
そのカンナの強い口調に、あたりの空気は温度を下げ始めていた。
「ねえ、本当は小説家になりたいんじゃないの? そのことはご両親は知ってるの?」
「言えねえよ、そんなこと。言ったら殴られるし……それにがっかりさせるし」
「そんなの……そんなの知らないわよ! 子どもが何になりたいかもわからないで、自分の都合のいい職業に就かせようとするなんて……そんなの親じゃない!」
「いい加減にしろよ、お前には分かんねーんだよ。うちの病院ですら、何百人ってスタッフの生活抱えて、誰が院長になるかで、たくさんの人が辞めさせられたり、時には他のグループに乗っ取られたりするんだぞ。それが分かってんのに、そんなの知りませんって、自分のやりたいことやりまーすなんて言えるはずねーだろ!」
「私は言えるね、そんな見ず知らずの他人の人生より、一番大事なのは自分の人生でしょ。なんでそんなどうでもいい人たちのためにたった一回しかない自分の人生をダメにしちゃうわけ!? 自分に嘘ついて、そのままおじいちゃんになって、何がしたいのかよくわからないまま人生終わっちゃっても本当にそれでいいの!?」
パーマンが勢い良く、ソファから立ち上がった。目が怒りに満ちている。
その立ち上がった振動で、机の上のグラスが倒れ、料理が揺れた。グラスの口からジンジャーエールが滴り続けている。
「どうせお前には分からねーんだよ! 何の責任もなく、何も考えず、自由にやりたいときにやりたいことやって、好きなことだけやって生きて来たお前に、俺の気持ちが分かってたまるかよ!」
「はあ? なにそれ。意味わかんない。責任が無いのはそっちでしょ? 私は私の足で人生歩んでるの。私のことは私で決める、それで何か起こったら私が責任をとる、これが責任でしょ? この前のインドに行った時だって、偶然知り合ったコスタリカ人とゴムなしでセックスもしたわ、何持ってるかもわかんない人! そのせいでエイズになるかもしれない、5年後には死んでるかもしれない。でもそれは私の責任、誰のせいにもしないわ。それに引き換えあんたは何よ、何かあれば親のせい、周りのせい、全部人のせいにして、結局何一つ自分で責任を取ってないじゃない、そんなやつに責任うんぬん言われたくないわ!」
「うるせー、もう帰れ!」
「はいはい、言われなくてももう帰りますよー、じゃーね。あ、最後に一つだけ行っておきます」
カンナは荷物をまとめて部屋を出ようとしてから、ふと振り返った。
「色々遊ばせていただき、おごっていただき、ありがとうございまっしたっ!」
深々とお辞儀をしてから、顔を上げると、そこにはしわくちゃに怒った表情があった。
べー、と舌を出してからさっさと玄関を抜けた。
しばらくしてから、がちゃん、とドアが乱暴に閉まった。
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