開けてはいけないトビラ

 カンナは相変わらずストイックにランニングを続けている。

 メガネちゃんは何やら、ふんふん鼻歌を歌いながら次の一品を作っていた。

 佑紀乃は特に何か話題があるわけもなく、さりげなくパーマンに聞いた。


「あのさ」

「ん?」

「なんで医学部受け続けてんの?」


 パーマンは料理をくちゃくちゃ食べながら、歯の間につまったカスを爪楊枝で掻き出していた。


「なんでって、医学部入らないとお医者さんにはなれないだろ」

「そんなにお医者さんになりたいの?」

「親の期待があるからな、そう簡単には裏切れない」

「期待って……跡継ぎってこと?」

「まあそんなとこだ」


 そうこうしているうちに、メガネちゃんが、2品目を持って来た。

 牛すじと大根、そしてこんにゃくの上に刻んだネギが乗っていた。これまたお店で出せそうなお洒落な盛り付けだった。


「パーマンにはさ、兄弟いないの?」

「いるよ、でも弟はさっさと公務員になって安定暮らし、妹は地方で結婚。気づけば残されたのは俺だけ」


 ふーん、と言いながら佑紀乃は2品目をつまんだ。

 おいしい! これ、と言いながら、次々を牛すじを口へ運んだ。


「そっかー、そんなに息子に継がせたいもんかねぇ」

「だろうな、じいちゃんの代から親父の代へって受け継がれたもんだから、そう簡単に他人には渡したくないだろうよ」


 佑紀乃には今ひとつ理解に苦しむ世界だった。

 佑紀乃にも妹はいるが、お互い自由に生きているし、両親も退職してからは悠々自適に老後生活を送っている。家族から与えられた、自分の進むべき道のしがらみのようなものはほとんど感じることはなくここまで来た。

 

 しかし目の前の男のしがらみは凄まじい。

 まるで鎖でがちがちに縛り上げられたまま、人生という荒波の中を歩いている。その気持ちはどのようなものなんだろうか。


「そうなんですねー、目に見えない圧力というか、なんというか。親の期待ってなかなか裏切れないですよね」


 メガネちゃんがうつむき加減に何度か頷いている後ろから、突如大きな声が響いた。


「やめちゃえば、そんなもの」

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