豪邸

「うっわ、すっげー!」


 パーマンの家は3階建、エレベーター付きだった。

 リビングにおいてある革張りのソファをトランポリンにして、カンナが元気よくジャンプする。


 佑紀乃も大理石の壁を撫でながら、その手触りにうっとりしていた。


「あんたの家って本当に金持ちの家って感じ」

「まあな」

「そこは否定しないんだ」

「俺の金で買ったわけじゃねーし」


 そう言いながら、パーマンは早速YEBISの缶ビールをプシュっと開けた。


「ご両親はいないんですか?」


 メガネちゃんが吹き抜けの天井を見上げながら聞いた。


「こっちにはいない。今はほぼ俺一人で使ってる」

「こっち?」

「あぁ、親父の勤め先ここから車で4時間以上かかるから、病院の近くに家建てたんだよ。お袋もそっちに住んでる」


 コンビニで買った飲み物とつまみをつまんでいるうちに、宅配ピザが届いた。佑紀乃があらかじめネットで頼んでおいたものだ。結局お金は全部パーマンが払った。カンナはリビングにある食べ物を少しつまんでは、飾ってある剥製を見たり、テレビをつけたりとせわしなかった。


 佑紀乃はライトアップされた中庭や、天井でまわるプロペラのようなものに目移りしながら呟いた。

「いや、ほんと羨ましいわ。私もこんな家住んでみたかったな」


 てっきり自慢げな返事が返ってくるかと思いきや、パーマンは一つ、ふん、とため息をつくだけだった。


「代わってもらえるなら、代わってほしいくらいだよ」

「え? こんなに贅沢な生活なのに?」


 パーマンは一つ首をかしげると、ソファに横たわり、スマホをいじりだした。

 部屋の隅では、カンナがランニングマシーンで汗を流している。


「パーマンさん、ちょっとキッチン見させてもらってもいいですか?」


 どーぞ、投げやりなその言葉を聞いてからメガネちゃんがキッチンに向かった。

 リビングに残されたのは、横たわるパーマンと佑紀乃。

 何か話しかけるのも気まずい気がして、黙ってポテトサラダを食べていた。


——何不自由ない家に生まれた御曹司、普通なら誰もが憧れるシチュエーション。でも13浪して医学部目指すってことはよっぽどの理由があるのよね、きっと。


 そんなことを考えながら佑紀乃は、どこまでも続いていきそうな廊下をぼーっと眺めていた。


「おまたせしました! 一品目完成です」


 気付けばメガネちゃんがエプロンをして、おしゃれな小皿4つを持って来た。

 パーマンは起き上がり、眉にしわを寄せながらその料理を確認した。

「え? どういうこと? これ」

「はい、そこにあった食材使わせてもらいました。たくわんのクリームチーズ和えです」


 たくわんを鰹節、クリームチーズで和え、ほんの少し醤油を混ぜる。その上からピンクペッパーと乾燥パセリを乗せてできあがり、なんだと。

 パーマンがまず一口食べた。


「……うん、うまい! あの短時間でよくこんなすごいのが作れたな」

「ほんと、これお店で出せるよ。おいしい」


 カンナも汗だくで寄って来た。その料理をつまんでは、ほんとだ! おいしー! と声をあげてから、再びランニングマシーンに戻って行った。


「メガネちゃん、すごいわ。こんな特技あったなんて」

「いえいえ、それほどでも。次の一品作って来ますね」


 そう言ってキッチンに向かう背中を佑紀乃は見つめていた。そして思った。


リュック、下ろせばいいのに。


 それから、また佑紀乃はパーマンと二人きりになってしまった。


 まさかこの後、手持ち無沙汰に聞いた話が、後々とんでもないことを引き起こしてしまうことになろうとは、この時まだ夢にも思わなかった。

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