第1章 和気 廉太郎という男

第2回の講義:参加する生徒はいるのか?

「おや、だいぶ減りましたね」


 第2回、「あなたもステキな作品を書ける! 0から始める小説講座」の教壇に立った張本は、教室を見渡してそう呟いた。

 それもそのはず、参加者はこの前の懇親会参加者と、後は数人数えるのみになっていた。

 あれほどキャンセルしたがっていた佑紀乃は、というと……


——あぁ、結局来ちゃった。小説には一向に興味無いんだけど、せっかくお金を捨てるくらいだったら来た方がお得よね。


 チリチリのドレッドヘア、カンナも来ていた。後ろの席で両手を頭の後ろに組み、リラックスしている様子。


 スキンヘッドの不死川は、一番前の席で、部屋のライトを頭で反射していた。


 そんな中始まった第2回の講義内容は「掌編を書いてみよう!」だった。


「それではみなさん、始めましょうか。今回のテーマは掌編。別名ショートショートとも言われます。この概ね1000字程度のストーリーから練習するのが小説上達への近道と言われます。短いイコール簡単、ではありません。この短い文章の中に主人公、背景、ストーリー展開、つまり起承転結を入れこまなければならない、プロにとっても時に苦戦を強いられる舞台、それが掌編です」


 先生の話に全く興味の無いカンナは、前に座るパーマンの背中に話しかける。


「ねえねえ、あのさ、パーマンの家ってさ、もしかして和気総合病院?」

「あ? 何でそんな事答えなきゃいけねえんだよ」

「いや、だってさ、あそこかなり大病院じゃない? そこの院長の御曹司とかだったらかなりヤバくない、とか思って」

「…………」

「ねえちょっと聞いてんの?」

「うるせえな、講義に集中しろよ」


 カンナはふてくされて、椅子の背もたれに仰け反った。

 しかしそれからしばらくして、何かを思いついたかのように目を光らせた。


「よし、じゃ、けってー! この後みんなであんたの家押し掛けるわ」


 さすがのパーマンも振り返る。


「は? ふざけんなよ、何でお前らなんかを家にあげねーといけねーの?」


 えー、ダメ? 行きたい、行きたい〜。

 だだをこねる子どものようにカンナはドレッドヘアを揺らしていた。


「——はい、それでは今日の講義はここまで。みなさん、お疲れ様でした」


 イェーイ、と大きく伸びをしてからカンナは佑紀乃の肩に手を置いた。


「ねえゆきりんとメガネちゃん。この後ひまぁ〜? 今からみんなでパーマンの家行くんだけど?」

「え? ああ、私は大丈夫だけど。メガネちゃんは?」

「私も、今日やっと学科試験が終わったので、今晩は空いてます」


 だーかーらー、家主の俺は許可してねーからな、というパーマンの叫びをよそにカンナは、教室の先頭に歩き出した。


「ひよこ豆ちゃんはどうする? この後パーマンの家行くんだけど?」


 そう不死川の頭に声を掛けた。


 え?

 パーマンの顔が青ざめた。


 ——いやいや、アイツだけは止めようよ、マジで頼むから……


 パーマンは全力でカンナのTシャツを引っ張った。載っていたアフリカ人の顔がびろーんと伸びた。


「いやいや、不死川さんも忙しいんだから、そんな無理矢理……」


 不死川がすっと立ち上がった、そして振り返る。

 薄い眉の下、鋭い猛獣のような目が光った。

 そして口元がゆっくりと動き出す。


「行っても……いいんですか?」

「え、いや……その……はい、まあいいですけど」


 やったー! いこいこ! そう飛び上がるカンナをよそに不死川は続けた。


「残念ですが、自分今日この後バイトが入っているんで。また今度お願いします」


 パーマンは、はっ、という顔をしてから、笑みがあふれ出した。


「いやいや、いいんですよ。バイト大事ですからね! 無理しないでくださいね」

「それから……」


 パーマンの口が一瞬で閉じた。

 不死川がすり寄ってくる、その凍りついた顔面が目の前の迫る。


「あの……、な……にか?」


 パーマンの顔面をじろりと睨みながらぼそっと呟いた。


「自分、ひよこ豆……なんで。ひよこ豆って呼んでください」


 パーマンは唾をごくりと飲み込んだ。パーマの髪はじっとりと濡れていた。


「は……はい、わかりまし……た」


 パーマンは不死川が去った後もしばらくその場に動けないでいた。

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