「ウミボウズ」と「ひよこ豆」

 ウミボウズとひよこ豆。


——どっちも嫌だ……っていうか両方とも悪口だよ、この人にとって。


 対応を考えあぐねているとき、ぼそっとこんな声が聞こえた。


「……じゃあウミボウズで」


——あぁっ! 選択させている……。自分の口からウミボウズを言わせている、どうすんのよこの空気マジで。もうやめて……


 そんな大多数の考えをよそに、カンナは恐るべき口撃をしかけた。


「うーん、でもやっぱりひよこ豆かな!」


——っ!


 選ばせておきながら、結局は選ばせない質問あるある! さすがにこれはもう無理なんじゃ……

 佑紀乃が目と口と鼻の穴を大きく開けていた。

 パーマンは顎が外れそうなほど開口し、これから訪れるカオスに備えた。

 その時だった。


「失礼しまーす、ビールお持ちしました」


 店員が絶妙なタイミングで入って来た。


——ナイス、店員さん! これを逃すべきか!


 佑紀乃がすっと立ちあがり、ビールを受け取る。そしてみんなに渡す。そして力強く笑顔を作った。

「乾杯の準備といきましょうかね」


 驚くほど早くみんなのグラスにビールが注がれた。

 パーマンが背筋を伸ばして、正座をする。そして先生を見つめた。


「それでは先生、お願いします」

「ちょっと待ってください」


 パーマンがその低い声の方を見た。

 スキンヘッドに薄い眉。どこか遠くを見つめながら、その口元からはこんな言葉が続けられた。


「ひよこ豆……で、お願いします」


 シーン。

 静寂の中、他の客の楽しげな喧騒が虚しく響いた。


 ガシャーン!

 

 あっ、と言いながら、メガネちゃんが持っていたグラスを落とした。割れた破片が座布団の上に散らばる。

 駆けつけた店員が床を拭き、ガラスの屑を集めながらなんとか事なきを得た。


 その後、正式な乾杯を交わし、とりとめもない話をしながら、会はお開きとなった。


 解散の時、佑紀乃は思った。


——まあ、この人たちと会うことはもうないでしょう。ちょっと変わった人たちだったけど、いい思い出になったわ。


 そんなことを考えながら家路を辿ったのだった。

 

 しかし佑紀乃はまだ知らない。

 こんなものは、まだ単なる始まりだったということに。

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