葛城 佑紀乃

「あ、あの。葛城 佑紀乃と言います。薬局で医療事務をしてます」


——あぁ、絶対本当のこと言えない。本当はアラサーになり、家で孤独死しないために粟原はるみ料理教室に来たかったのに、気づいたら興味もない小説講座に来ていました、なんて。


 佑紀乃の足が震え始めた。


——みんな見てるし……特に先生! 期待してるんだろうな、だって今までの自己紹介散々だし、そこで私が間違えて来ましたなんて言ったらさすがに落ち込むだろうな……


 佑紀乃はゆっくりと口を開いた。


「あの、えーと。小説ですよね、はい。小説って昔からとっつきにくくて最近まで一度も読んだことが無かったんですけど、実は前々から興味があって……」


 パーマンが、ん? と言った表情を見せた。


——あぁ、だめだ、自分の言ってることが意味わからない……


「それで、えーと、この前友達から借りた湊かなえさんの『Nのために』がすごくおもしろくて」


——ここは本当だからすらすら言えた、よし。


「それで思ったのは、『これ書いた人すごいな、自分には書けないな、やっぱり小説って書くより読むものだなぁ』って……」


 先生の顔が少し歪んだ。


——あ! しまった、どうやって書きたいです、につなげる? まずい、どうする? いや、もう行くしかない。


「……なんて思いながらもやっぱり書いてみたいな、と思いました。よろしくお願いします」


 佑紀乃はへなへなと座り込んだ。手には汗がぐっちょりだった。


——また気を使って嘘をついてしまった。本当は小説なんて全く興味がないのに。


 放心状態だった佑紀乃に、突如先生が大音量の拍手をしだした。

 他のメンバーも、訳がわからず、小さく拍手を始める。


「葛城さん、良かったですよ。今日初めて小説を書きたいという強い情熱を受け取った気がします、本当に嬉しいです」


 そう言いながら、目に涙を浮かべていた。


——うそ、泣いてる? あぁ、先生、ごめん。私もカウントされないから、結局今ここに小説を書きたいって思っている人いないのよ……


 そう思いながら、佑紀乃はまさに穴があったら入りたい、掘りごたつだったら掘ったこたつに潜りたい、そんな気持ちだった。


「葛城 佑紀乃……なんか似てるね〜」

「え? あぁ、前からよく言われます。柏木由紀ですよね、葛城佑紀乃と柏木由紀。名前の響きが似てるってよく言われます」


 カンナは、はっ、と口を開いた。


「そうそう! ゆきりん! あの子の名前、柏木由紀だったよね。名前の響き? そうじゃなくて、顔だよ〜」

「顔?」


 パーマンも頷きながら入って来た。


「そうそう、誰かに似てると思った。柏木由紀だよ、AKBの。まあ名前も言われてみればちょっと似てるけどな」


——え? そんなこと言われたの生まれた初めてなんだけど。ちょっと、っていうかかなり嬉しい、なにこの展開。


 先生もニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「そうなんですか、ABC 48には葛城さんのような方がいるんですか。では、アイドルになってもらいましょう」


——ああ、惜しい。この良い声でなんでそこ間違えるかなぁ。むしろABCクッキングでも良かったんだけど、私の行き先。


「じゃあ、きみゆきりんね! じゃあ次は……」


——あっ、忘れてた。一番注意しなくちゃいけない人、まだいたんだった!


 みんなの視線がスキンヘッドに集まった。

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