ドレッドヘア女

「はーい、私は盛山カンナ25歳……くらい、かな? 確か。夏はダイビング、冬はクラブでバイトしてまーす。空いた時間で世界中旅してるよ、昨日インドから帰って来たばかり。よろしくね〜カンナでいいよ!」


 パーマンは口をへの字に曲げた。


「カンナじゃだめだ、お前も恥ずかしいあだ名つけてやる。そうだな、髪の毛チリチリだからチリチリな、お前」

「チリチリ? 別にいいよー、じゃ、チリチリで。よろしく〜」


 そう言って口をすぼめると、可愛らしく敬礼の素振りをして、舌をペロリと出してみた。

 先生が眼鏡を少しずらした。


「インドでしたらタージマハルに行かれましたか? 何年か前に行ったことがあります」


 カンナは首をかしげた。


「なに? 田島、ハル?? よくわかんないんだけど。いつもあんま予定たてないで行っちゃうから。今回もセブンのビニール袋に財布とパスポート入れただけでテキトーに行って来たから。いつもそんな感じ」


 パーマンが眉をひそめた。


「マジかよこいつ。普通着替えとか、薬とか、ガイドブックとか色々あんだろ? 海外に持ってく物。本当に何も持って行かなかったのか?」

「そだよー、着るものなんか現地調達できるし。一万円あればインドなら1か月は過ごせるし。飽きたら飛行機とって帰るだけ。楽しかった〜念願のガンジス川の沐浴もできたし!」


——ガンジス川で沐浴!?


 意味を知っている数人はその恐ろしさに身の毛もよだつ思いだった。黒縁メガネ女は現状がよくわらかないのか、キョロキョロしながら、佑紀乃に尋ねた。


「あの……って何ですか? そんなに驚くものなんですか?」

「……え? あぁ、あのね。これは大学の先輩から聞いた話なんだけど……」


 佑紀乃は10年前の記憶を手繰り寄せた。


「沐浴っていうのは、川の水で体を流すことなの。ガンジス川って聖なる川だから、現地の人にはその水を浴びることで罪を流してくれると信じられているの。でもね……日本人は絶対にやっちゃだめ!」

「え? なんでですか、宗教ですか?」

「違うわ。汚いの、圧倒的に不潔!」

「……ふ、ふけつ?」

「そう、あそこには未処理の下水や、亡くなった方の遺骨とか工業廃水とかが流れ込んでいて、観光客が飛び込んだらほぼ間違いなく体を壊すんだって」


 と、その話を病院のベッドで語ってくれた大学の先輩のことを、佑紀乃は思い出していた。先輩はよくわからずガンジス川に頭から飛び込んだようだ。その後激しい下痢が続き、帰国後も入院していた。


——お前はこうなっちゃだめだぞ……


 その先輩の言葉は遺言に聞こえた。


——それを普通にやってのける……この人タダモノじゃないわ。


 佑紀乃が感じたその感触は、他のメンバーも同様だったようだ。


「カンナさん、小説を書こうと思ったきっかけを教えてください」


——あ、そうだった。あまりにぶっ飛んだ自己紹介で聞くの忘れてた。


 先生のマイペースな質問に皆耳を傾けた。


「そうねー、特にないかな。この講座、『ステキ』って文字が入ってたでしょ? なんかその響きが気に入っちゃってね、中身はどんなのかよくわからないまま来ちゃった!」


——この娘は……もう次からは来ないかもな。


 佑紀乃はそんなことを考えていた。


「はい、じゃあ次メガネちゃんね!」


 そう言われて、メガネ女はビクッとして、


「は、はいっ!」


 と素っ頓狂な声を出してから、その場にさっと立ち上がった。 

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