ぼんちゃん 始まりの場所
時刻は21時半をまわっていた。
都心ほどの華やかさは無いものの、ここ
駅前のロータリーから1分ほど歩いた大通り沿いに「ぼんちゃん」はひっそりと佇んでいる。年季の入った提灯、そこには手書きで「ぼんちゃん」と書いてある。
その店の前に、怪しい男が辺りを伺っていた。
素知らぬ顔で、一度ぼんちゃんの前を通り過ぎる。そして、何事もなかったかのように踵を返し、もう一度同じ店の前を通り過ぎる。そしてちらっと中を覗いてから、通り過ぎる。
2軒隣の空き地の前で立ち止まり足踏みを始める。男の頭にはパーマがかかっていた。
「おお、これはこれは。もうお集まりですか」
駅と反対方向から、先生と佑紀乃が連れ立って歩いて来た。
結局佑紀乃は断れず、ついていく方を選んだ。手っ取り早く空腹を満たせるというメリットもあった。
「いや、ただ俺はちょっとここら辺に用事があって来ただけなんだけど、そうしたら偶然……ああ、ここだったっけ、懇親会。ちょうど暇だったから時間があれば行こうかな……」とうだうだ呟いているところへ、テンションの高い声が響く。
「あれー、みんなさっき講義に出てた人たちじゃん、どしたのー?」
駅の方から、若い女性が今にも踊り出しそうなリズムを刻みながら近づいて来た。髪はドレッドヘアに、Tシャツはどこか南米を思わせる男性の顔がどんと載る。顔が浅黒くみえるのはきっと暗さのせいだけじゃない。
「あぁ、あなたも先ほど講義に参加されていた生徒さんですね。懇親会参加されませんか?」
そう言って、先生は優しく眼鏡を光らせた。
女はへ? という顔をして、
「あれ、今日だっけ? なーんだ、明日だと思ってた。いーよ、ちょうど友達との約束キャンセルになったから。あそぼあそぼー!」
また一人参加者が増えた。
それを眺めながら佑紀乃は思った。
——っていうか、変な人多いなー。どうしよう、私も仲間だと思われたら凹むな……
そんなことを考えていた佑紀乃の背後から声をかけるものがいた。
「あの……すみません、小説講座の懇親会ってここですか?」
佑紀乃が振り返るとそこには黒縁メガネの女性が立っていた。
「はい、そうみたいですけど……あ、あなたさっきいた人ね」
「はい、バイトがあったから参加できないと思ってたんですけど、店長が代わってくれて来れるようになりました。まだ参加できますか?」
20歳前後の女性は黒髪のセミロング、黒いリュックを背負ってそこに立っていた。
「もちろんですとも、来てくれて嬉しいです」
続々と増える参加者を見て、佑紀乃は思った。
——結構参加者いるじゃん。っていうか私要らなくない? 何か言い訳見つけて帰ろうかな。
佑紀乃の頭の中がフル回転し始めた。
——仕事が入ったんで、すみませーん! いや、こんな時間に仕事? って疑われる。家にご飯があるから、帰りまーす! いやだめだ、なら何で最初に言わなかったんだってなる、絶対。彼氏との約束があるんで…… いやいや、虚しすぎるわそれ。あー、もうどうしよう……
「ほら、葛城さん、入りますよー」
——やばい、先生が手招きしてる。しかも名前叫ばれた……完全に逃げるタイミング見失った。
こうして哀れなアラサー女、葛城佑紀乃は興味のない小説講座を受けた後、もっと興味のない人たちとその懇親会にまで参加するはめになったのだった。
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