序章 小説を書きたかったわけじゃないのに
そこは小説講座だった
その頃部屋の中では大変なことが起こっていた。
白い四角い部屋。
教壇には少し大柄、四角顔に眼鏡をかけた優しそうな男性が立っていた。
席には生徒が数人、皆各々に時間を潰す。
その沈黙を破るように、一人の女性が手を挙げた。
「あの……先生」
「はいなんでしょう?」
質問をした女性は二十歳そこそこだろうか、黒縁メガネにセミロングの黒髪。
俯き加減にもじもじしながら、続けた。
「……いつ講義は始まるのでしょうか」
部屋には他にもまだ数人生徒がいた。元々20人程でいっぱいになってしまいそうな小さな部屋だったが、空席がかなり目立っている。
その先生は目尻を垂らし、ゆっくりとこう答えた。
「心配は要りません。あと一人生徒が揃っていないんです。せっかくの最初の講義ですから、全員揃ってからにしようじゃありませんか。ねえ、みなさん」
他の生徒はそこで初めて顔を合わせたばかり。
お互い、微妙にうなずいたり、聞こえなかったりするふりをしたり。
質問した真面目そうな生徒は、はい、わかりました……とか細い声を発してからもう一度うつむいた。
そしてもう一度、この講座の開始時間を確認する。
『時間:19時〜20時』
腕時計を見る。
19時45分。
……もう、終わりまで15分?
そう考えながら、一つ首をかしげた。
「あのさ、先生。もうだいぶ待ってんだけど、今いる人だけでも始めない? もう始まる前に終わりじゃんか」
生徒の一人。パーマの男がイライラした様子をあらわにした。
そんな声にも動じず、先生はにっこりと答える。
「まあまあ、そう焦らずに。お忘れですか? ここは小説を書くための講座です。小説というのはアートです。ゆったりとした、ストレスの無い状態でこそ最善の作品が生まれます。そのための時間なんですよ今は。それより……」
先生は眼鏡をずらして、男の服をじっと見つめた。
「な、なんだよ」
「あなたの服変わってますね」
男は黒のパンツに、トップスは黒い下地に黄色、赤、青の四角が乗っていた。
小顔で顎は細く、色白。スタイルさえ良ければ、ひょっとしたらモデルとしても通用するかもしれない顔立ちをしていた。
「……いや、服のことはいいからよ、さっさと——」
遮るように先生が声をあげた。
「みなさん、最後の生徒が入って来たら講義の始まりです。盛大な拍手で迎えましょうね!」
先生はそう言うと、にこにこしながら、自分でうんうん頷いた。
ため息で満たされた辺りの空気は全く読めていない。
その時だった。
がちゃり、とドアノブを回す音に、誰もが息を飲んだ。
一瞬だけその空間から音が消えた。
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