小説を書きたいわけじゃなかったのに……

木沢 真流

プロローグ

粟原はるみになりたかったのに……

 粟原はるみになりたかった理由は、何もお料理が得意な「素敵な奥様」になりたかった訳じゃない。

 理由は死にたくなかった、ただそれだけ。


 三十路へのカウントダウンが始まったにもかかわらず、一人暮らしをしている私が、もし部屋で倒れていても誰も助けに来てくれないだろう。死に際は王子様の腕の中で——とまでは望まない。でも職場の無断欠席が続いたから、管理人さんの合鍵で部屋に入ってみたら硬くなってたー、みたいなシチュエーションだけは避けたい。


 健康を意識するようになったのはそれからだった。

 まず始めたのはフィットネスジムである。

 何でも形から入る私はスポーツショップへ向かった。そもそもジムで着るウェアが無かったからだ。


「いやー、まじでおしゃかわ〜。っていうか、めっちゃ似合ってますよー、今日のお客さんで一番神ってるかも。自分も時々ヨガとかするじゃないですかー、こういうの逆に幅広く使えていいですよー」


 店員はだいぶ年下だった。今時の褒め言葉でまくしたてられたってそう簡単には買いませんよ、っていうかあんたがヨガするの初耳だし。


「ありがとうございま〜す」


 結局買った。言われた通りの上下。

 でもこれで健康な体、簡単には死なない体への第一歩をスタートしたと思えば、安いもの。そう思っていた。


 でも続かなかった、記録は1週間。

 フィットネスジムを勧めた夏菜子は嘘つきだ。


「お金払って登録すれば、もったいない〜って思うから続くよ〜」


 だって。

 無理だった。お金払ってもきついものはきつい。


 そんなこんなで次に思いついたのは料理教室だった。

「粟原はるみ直伝、あなたもヘルシーな料理がおうちで簡単に作れちゃう!」


 これだ! 楽しめて、健康。趣味にもなる。運命を感じた私は早速予約して、1回目の講座を受けることにした。

 持ち物も確認したが、何もいらないとのこと。最初は顔合わせみたいなのかしら?

 期待と不安を背負って、カルチャーセンターの会議室204のドアノブを握ったのだった。


 まさか中ではあんなことが起こっているとは知らずに……。



 これは小説など全く興味のなかった幸薄いアラサー女、葛城 佑紀乃を取り囲む、少し、いやかなり変な人たちとの、愛と笑いとあれやこれやの3ヶ月を記録したドキュメンタリーである。

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