第5話 厄介者

 依然として彼女の視線は厳しい。

 (こんな状況になるとは……最期とか言う必要は無かったな……)

「──名前は?」

「アリス ロシエ。貴方は?」

 少し和らいだ視線。だが、そう聞かれた俺は──答えを持ち合わせていなかった。

「答えないのですね──」

 アリスの視線が外れる。

「……」

 しばしの間。向こうも答えてくれると思って名乗ったのだろう。それなのに答えないのは紳士的ではない。そんなことを考えていた、その瞬間──。

「──レミール。レミール ロウだ。多分な」

 浮かんだ名前を答えた。

「多分とは?」

「俺にも確証を持って答える事が出来ないからだ。早い話が記憶がない」

「っ!」

 記憶の事を話した瞬間、アリスは……鬼の形相に変わっていた。今にも斬りかかってくる勢いで固く、固く短刀を握っている。

「何をそんなに警戒している?」

「言われなくても分かるでしょっ! この塔からの侵略者っ!」

 (塔からの侵略者ってなんだ? 何を言ってる?)

「見に覚えがないな」

「詐欺師の常套句みたいな事を。そうやって人々を騙してきたのですね」

 アリスの声のトーンが徐々に沈んでいく。


『どういうことだ?』

 サポート役に質問を投げる。

『私にも分かりません。ただ、塔から現れたので何かしらの勘違いをされているかと』

『俺以外にもこの世界に来ているやつはいるのか?』

『……おりません』

『そうか』


「何かと勘違いしてないか?」

 ガチッ!

「どういう勘違いでしょう?」

 彼女の沸点は低いらしい。どうやらという言葉が彼女の逆鱗に触れたようだ。さっきまでの形相は跡形もなく消え、貼り付けられた笑顔のまま斬り掛かってくる。我慢の限界を突破すると、逆に笑うタイプなのだろう。しかし、アリスは短刀、俺は長剣、それぞれが持ってる状況の差は埋まらない。

「感情に任せて力任せに進むのは良くないな」

「ええ。おっしゃる通りです」

 笑顔のまま。

 シュ──と彼女の斬りかかりを下がって避ける。

「この空の果てから落ちてきた──そう言ったら信じるか?」

 剣先を真上に向け、アリスを一点に見据える。

「……詐欺師の言葉を信じる者がいますか?」

 (一瞬、視線が泳いだな)

「参ったな」

「本当に困ったものです。仮に貴方が、この頭上から降ってきたとしても、自分の正体から逃げていること、それを自身で知ろうとしないこと、その2つが特に気に入りませんね」

「厳しい事を言う──」

 キンッ!──と俺が剣で弾いたモノが鳴り、足元に転がる。それは尖った棒のような物だった。

「今度は何だ?」

「……貴方のお仲間でしょう? こんなことになるならもっと手を打っておけば良かったわ……」

 アリスの目元には弱さが滲み出て、逆に口元がギュッと締まる。棒状の物が飛んできた方向──俺の背後を向く。すると目を見開きながらこちらに顔を向けている男が立っていた。その手には、俺の足元に転がっている物が握られている。暗器だろう。さっきのその男の狙いは明らかにアリス、だが、その目は、明らかに別な空間を見ているようで定まっていない。

「こんなのと一緒にされるのは心外だな」

 男と目が合った気がした──キンッ!、今度は俺に向けて暗器を投げてくる。男との距離は俺だと1歩で詰めることができると言った所だ。

「少なくとも、俺の知ってる顔ではないな。分かったろ?」

「え、えぇ……」

 肩越しにアリスに視線を送る──キンッ!、男は俺のスキを狙ったのだろうがこの程度では俺には届かない。男は変わらず、どこを見ているのか分からないまま──俺との距離を一瞬で詰めてくる。

「っ!」

 か弱い女性の──息を飲む音が聞こえた。




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