第4話 逃亡
風が仮面を通して頬を撫でる。ふと、今しがた突き抜けて来た空を見上げると、空は透き通った水のようにどこまでも続いていた。
(実際はこの空にも果てがあるんだがな)
そんな空の雰囲気とは関係無しに前方からは兵士等が向かって来ている。しかし、なぜかその表情は一様に暗い。
(この石畳、もしかして高価なのか……)
「……逃げるしかっ!」
前傾姿勢を取り、踏み込む──。
「「「っ!」」」
音を置き去りにする一歩──瞬き一つ、とは正にこういうことだろう。
(この身体……とんでもないな……)
兵士等には俺が瞬間移動して眼の前に現れたように見えただろう、硬直しているその横を一気に通り過ぎる。
「あっ! 待てっ!」
女性が叫んだ声が飛んできたが、そのまま壁の方へ向かう。ほんの数歩で叫び声が微かに聞こえる距離まで引き離した。余裕を感じ始めたその時、パンッ!と足元に何かが着弾し、石畳の破片が飛び散り、振り返ると女が手の平をこちらに向けている。
『何が飛んできたんだ?』
『攻撃魔法かと思います』
『全く、物騒なことだ──』
パンッ!、パンッ!と立て続けに着弾するも、どれも当たりはしない。すると、前方から花のような香りが風に乗って俺の鼻先に届いた。
(女性特有の匂い……)
「来たぞっ! 拘束しろっ! 無理なら殺せっ!」
20名程の女性が武装して門からゾロゾロと出てくるところだった。そして、バンッ!と門が閉じる。
「随分物騒なことで」
『突破しますか?』
『いや。別ルートだ』
「壁の方へ行ったわっ! 追いかけてっ!」
進路を変えると女性達が追ってくる。こんな状況でなければ大歓迎なんだが、残念この上ない。見上げた壁はそこそこの高さだが──。
「ふっ!」
気合を入れる掛け声と共に、壁を蹴り垂直に登る。2回、3回と蹴り上がり、壁の縁に手が掛かる。
「「「えっ!」」」
女性達の驚きだろう、そんな声が耳に入る。
登ってくることはあるまい──そう思いながら視線を下に向けると、光の矢が3発飛んできていた。
「──おう」
遠距離の追撃要員が居たようだ。頭を引っ込めると、首に寒気を感じた──。
「チッ──今のを避けますか……」
(少し油断したな……)
転がりながら振り返った際、何かが素早く振り払われる音が耳に残った。目の前には剣を持ち、こちらを観察するように眺める金髪の女性が立っていた。彼女の青い瞳が、冷たく、そして美しく、俺を突き刺す。
「あなたは何者でしょうか?」
そう質問してきた女性の服装は白い布地のブラウスと膝丈の赤いスカートに、茶色の革のブーツというもので、目の前の女性を含めて彼女に良く似合うものだった。艶がある、と言えばいいのだろう。それに、今まで見た女性も皆同じ格好である。
「だんまりでしょうか? それは困りますよ?」
こちらをキリキリと睨みながら、声が先程よりも太くなっている気がする。
(さて、どうしたものか)
『仮面に声色を変える機能がついてますが変えますか?』
サポートからの声は頭に直接届くためなのか、外には聞こえないらしい。それにニコニコ仮面、見た目以上に役に立つ。
『頼む。若い中性的な感じで』
『了解しました』
「私自身もそれに対する答えを持ち合わせて無いな──知ってるなら教えてほしいものだ」
「えっ……ど、どういうことでしょうか? ふ、ふざけないで真面目に答えてもらってもいいでしょうか」
(こいつ、答えが返ってくるとは思ってなかったな。何だ。俺を何だと思ってるんだ?)
「……」
「早くっ! 答えなさいっ!」
そう言った彼女が振りかざした剣はふらふらと、狙いが定まってない軌跡を描きながら近づいてくる。俺は少し下がるだけでその剣が届く範囲から抜けることができた。
「逆に何だと思う? 貴女の意見を聞きたいね」
「……紳士な方ではないのは確かですね」
肩を竦めて、やれやれと挑発するも──彼女は何の予備動作もなく斬りかかってくる。しかし、その斬撃は俺の人差し指と中指に挟まれ止められる。
「っ!」
「なかなかの一撃ですね。それにしても、ここを通るのが読まれていたとは驚きです」
「さすがでしょう? もっと褒めてくれてもいいんですよ……」
そう言った彼女の声はとてもか細く、震えていた。
「ですが、貴女では役不足のようですね」
「ぅ……」
彼女は剣を離し、後退しながら腰に刺した短剣に手を伸ばす。俺の手元には長剣、彼女の手には短剣。
「それでいいのか? 失敗したな。手を離すべきではなかった」
俺は彼女が置いていった剣を持ち直す。
「うっ……」
状況を察したようだ。
「最期に名前を聞いておくが?」
「馬鹿にしないで下さい!」
彼女の瞳がまっすぐ俺を突き刺す。
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