円盤の世界
第3話 風の音
ヒュゥゥゥゥ──。
(──俺はまた夢の境界線にいるのか?)
遠く──それもとても遠く。風が吹いている──だが、身体はふわふわとした、まるで雲にでも乗っている感じだ。
(そういえば、さっき、何か言われた気がするが……なんだったか……)
記憶の糸を手繰り寄せていると音が、少し近づいた。
(やけにリアルな音だな……)
また、音が大きくなる──。
(ちょっと待て!)
胸の辺りに冷たい焦りのような感情が生まれ、聞こえてもいない胸の鼓動が早まる。
(ヤバイ──)
苦しい!と思った直後、視界が切り替わった──目の前には……。
見渡す限りの澄んだ青──風切り音が耳を塞ぐ。これは間違いなく……。
「急降下中──だな」
勢い良く通り過ぎていく風が他の音を遮り、その音だけが耳に入る──さっき夢見心地に耳に届いていたのはこれのようだ。まだ遥か先とは言え、地面が徐々に鮮明になっていく。
何か手を考え──。
(あー、どうしようもねぇわ……)
……このままいくと悪い予感しかしない──逆に冷静になってしまった頭で遠くを眺める。遥か先に地平線が見えた。あそこがこの世界の端なのだろう。
──こうしている間も猛烈な勢いで地面は近づいている。
通り過ぎていく風の音が変わった。首を横に向けると壁──いや、壁ではなく塔だ。その外壁に沿って落ちている。
(こんなでかい塔が……桁違いのデカさだぞ……)
塔を根本まで視線で追っていくと、塔を取り囲むような重厚な壁と石造りと思われる街並みが見え、何かがいた。それは人のようで動いている。
『あれは人間で合ってるか?』
『はい。人間でございます』
その間も降下は続き、地面まであと僅かと言った辺りでで疑問を投げかける。
『着地は?』
『その足でする以外にありますか?』
会話が成り立っているのか甚だ疑問で少々腹立たしいが──足を地面に向け着地体勢に入った直後──。
一瞬の僅かな無音の時がやってきて。
大地を揺らす轟音──衝撃波。
雷鳴のごとく周囲の空気をビリビリと揺らし、他の音が入り込む余地などない巨大な振動が広がる。
辺りの空気が静まり返り、パラ、パラと小石が落ち始め、風にあおられてていたマントが落ち着いた頃には、両足を中心に人が作ったとは思えない程大きなクレーターができていた。それに蜘蛛の巣状に亀裂が広がり、周囲には石畳の破片が散らばっている。
凄まじい力の痕跡が目の前に広がっていた──。
そんな足元の散々たる状況とは異なり、不思議と身体にはダメージなどない。
(この身体は一体何だ?)
──また新たな疑問が追加される。
「こんだけの惨劇を引き起こしておきながら身体は無傷なんだが?」
見えない案内役に見てみろと言わんばかりに手を広げる。
『正常です。箱庭の世界に入っただけで死なれては困ります』
彼女がそう言った直後──。
『警告! 警告! エネルギーを大量に消費しました。速やかにエネルギーを補給して下さい』
頭に警告が届いた。
「おいっ! エネルギー減ったぞっ! この着地のせいじゃないのか!?」
『その可能性は否定出来ません。これで早くエネルギーを補給しないといけなくなりましたね』
「分かってたなら予め言っといてくれよ!」
『お伝えしても、しなくても結果は変わらないでしょう? それなら不安になるような物はお伝えしない方がいいと思いまして』
「……で、ここはどこなんだ?」
『円盤の世界の到着口です』
(……)
声だけ聞くと美人な雰囲気があるのだが、それも想像に過ぎない。残念美人なのか、それとも声だけ美人か、そもそも人として存在しているのか──。
辺りを見渡すも、何があるわけでもなく、少し離れたところに人が簡単に登れる高さではない石壁が見える。足元の石畳を弁償しろとか言われる前に逃げよう。今なら犯人は分からないはずだ。そんな考えを察してか前方から数人がこちらに向かって大急ぎでやって来るのが見えた。槍を持った兵士のような者が数人、そして武器を持たないがスカートを履いた文官風の者が1人。
あれだけ大きな音を立てたのだ、それで注目は元より警戒するなという方が無理な話だろう。
『仮面を付けましょう』
「そうだな」
マントの内側に張り付いているニコニコ仮面を掴むと、ペラペラだった仮面はマントから剥がれた途端に固く立体的になった。
(やっぱり、付けるのを止めようか……)
そういう訳にもいかない。仮面を顔に当てると、ピタリと吸い付く。付け心地は抜群、視界は良好、呼吸は快適。
──いや、そんなことよりも逃げよう。どっちに行くか……出口は決まった位置にしかないだろう。
『行きましょう』
「あぁ」
さて、こんな予定ではなかったが……。
(こんなので大丈夫なのか。世界が崩壊してるとか、情報を集めろとか言ってたが……できるのか?)
既に不安だらけである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます