第2話 円盤

 (もしかして、じゃなくてもまずいよな……)

『エネルギー残量:■□□□□□□□□□』

 ■が点滅している……これがなくなるとどうなるんだ?


 エネルギーに関する疑問は尽きないまま、突如、頭上に光の粒が集まり始め、その粒が徐々に形となっていく。

「え、円盤……?」

 そう言った時には、光の粒ではなくとなっていた。そして、頭上からゆっくり落ちてくる。伸ばした右手に円盤の重さが伝わり、そして、淡く光り始めた。それは石の質感を持った材質だが……。

 (妙に軽いな……)


『ようこそ──』

 この湿気った空間に温かい優しい女性の声が届いた。心地いい響き──胸の奥が温まる。

『初めまして。私は貴方のサポート役を仰せつかっているものです』

 (急に自己紹介を始めたぞ……)

「……この円盤がか?」

『いいえ。それは円盤の世界への入口です』

「円盤の世界? 入り口……?」

『はい』

「……とりあえず、どうしたいらいいんだ? エネルギーが少ないって警告が出てるし、何より早くここから出たいんだが」

『出る……? 仮に、出てどこにいくのでしょうか?』

「どこだっていいだろ。こんな箱庭なんかに閉じ込められているよりはいいだ」

『とは言っても、どうしようもありませんが』

「ちょっと待て。と言ったが、出る方法は無いのか?」

『私が存じ上げてないというだけですので、あるはずですが──』

 (嘘を言っている雰囲気は感じられないな。となると相当に難しいのか?)


『ここでこうしていても、何も変わりませんよ。エネルギーの補充も必要ですのでまずは円盤の世界に行きませんか?』

 よく見ると円盤には左手、右手の形をした窪みがあった。だが、入り口には到底見えないし、思えもしない。

「エネルギーが切れるとどうなるんだ?」

『様々なものが止まります。具体的には貴方の生命とかが分かりやすいでしょうか』

「おいっ! 急がないとだめだろ、それは!」

『えぇ、ですから円盤の世界へと──』

「随分分かりやすいアドバイスだな……」


 本当に一体どこに迷い込んだのだろうか。

『ですから、円盤の世界に行ってエネルギーを集めましょう』

 (なんか釈然とはしないが……)

『あと、行った先でその格好では目立ち過ぎます。フード付きのマントを被りましょう。念の為、仮面も持っていきましょう』

「……確かに目立つな」

 どこに行っても目立つ格好といえばそうかもしれない。


 すると、後ろで布がはためく音がした。顔を向けると、茶色の質のいい布が落ちている。 

 俺は机に円盤を置いてから、そのマントへ手を伸ばす。拾うとその下に仮面があった。

「もっとましな仮面はなかったのか……」

 マントを羽織りながら、好みじゃないこの仮面を使う機会が訪れないことを願った。

『ご不満でしょうか?』

「まぁ──な。できれば無表情が良かったのだが」

 (流石にニコニコ顔の仮面は勘弁してほしい……)

『他の仮面はありませんのでご容赦を。ですがすぐに役立つと思います』

「聞きたくなかったな……」


『仮面はマントの内側に押し当てるとそこに収納できます。取り出すときはそこを掴むようにしてください』

 仮面を言われた通りにする。すると立体的だった仮面はただの布切れのようにペラペラになり、ニコニコ顔のままマントに縫い付けられた。

「……やっぱり別な仮面がいいな」


『……あと、チラチラ見ているその扉の向こうには目を引くものはほとんどありませんよ?』

 俺は話を聞きながら、いつの間にか目の前にできていたドアにチラチラと視線を送っていた。急ぐ必要もあるのだろうが、扉があると開けたくなってしまう。

「本当か?」

 そう言って、ガタついた扉を開けると……頭上には曇天、それ以外は草の色が一面ずっと向こうの水平線まで続き、その中にぽつんと俺がいる小屋が建っているだけだった。

「これは……本当に何もないな」

 その途端、水平線の遥か彼方先で空間がグッと歪み、縮み始めた。ここからかなり離れているはずだが、とてつもないサイズ感で縮んでいるのは確かだ。

「あれはなんだ?」

『まさかっ! 世界の崩壊が始まってる!?』

「まずい状況か?」

『説明は後ですっ! この世界はもうじき無くなってしまいます! 早く円盤の世界に行きましょう!』


「……(エネルギーの残量が少ないって話をした時は急ぐ素振りを見せなかった癖に)」

 

 振り返るとテーブルに置いた円盤の精密な模様が一瞬、「待ってました」と言わんばかりに光ったような気がした。急いでテーブルに向かい、窪みに左手をはめた──特になにも起こらない。

 ──続いて右手をはめた。

「ん? 何も起きなっ──」

 すると手の平の反対側から、円盤をすり抜けて開いた手を握られる感覚があった。不快感は無いが手を引っ込めようと軽く引っ張ったが、外す事が出来ない。

「う──」

 そのまま、握られた手によって円盤に引きずり込まれる。両手、両腕に続いて顔、身体と全身が引きずり込まれ、悲鳴など上げる間もなく世界が暗転した。


『……申し訳ありません。あなただけが頼りなんです』

 視界が暗転した直後、遠くでそんな声がした。その声はとても同じ人物とは思えないくらい固く、冷たいものだった。


『──私もそろそろ行かないといけませんね』

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