第7話:C隊-1




「私ね、異世界人なの」

中学一年生の春。

クラス混合のオリエンテーションで同じ班だった少女は、突然そんなことを口にした。

「……はっ?えっ?」

「何言ってんのお前」

それを聞いていた同じ班の少年と春見は、胡乱げな顔を向けた。

何せ、状況が状況だった。山道に迷った三人は遭難の一歩手前であり、体力を温存するために適当な木陰で休憩しているところなのだ。

しかし、そんな二人の反応にもめげず、自称異世界人はくすくすと笑った。

やけに耳に残る、綺麗な声だった。

「もしこのまま帰れなくなったらって考えたら、秘密を言いたくなっちゃって」

その声が紡いだのは、なんとも縁起が悪い言葉であったが。

「……確かに!一理あるな」

「一理も百理もねーよ!縁起でもないこと言ってないで道探すぞ!」

少年の方もボケたことを言い始めたので、声を荒げながら立ち上がる。

歩き出した春見を追うように、二人も立ち上がって後に続く。だが、少し歩いたところで少年が足を止め、ある方向をジッと見始めた。

「…ん?どうした?」

「あっちの方から話し声みたいなのが聞こえる」

「えっ、マジか!」

「……んー、こっちには何も聞こえないけど」

少年の声に春見は驚きながら同じ方向を向き、少女は耳をすませて首を傾げる。

それにつられて春見も耳をすませたが、確かに話し声どころか音らしきものも聞こえない。聞き間違いなのではと二人揃って少年を見たところで、少年はにんまりと笑った。

「言ってなかったか?俺は耳が良いんだ」

――――それが、多聞雪(たもんせつ)と一言(ひとこと)ひゆとの出会いだった。

多聞の耳を信じて進めば、今度は春見が遠くに見える教員達の姿を捉えた。そのまま同じ方向を進んで教員と合流し、安堵された後に迷子になったことを叱られそうになった。しかし、一言が経緯を説明するといつの間にか大人達の怒りは収まっていき、うやむやのうちに簡単な注意だけですんだ。

こうして無事遭難を免れた三人は、それ以来行動を共にするようになった。

一言は、春見と多聞のことを「トーヤ」「セツ」と呼ぶようになった。

多聞は春見のことをふざけて「はるみ」と呼び、春見もそれに合わせて彼を「ゆき」と呼んだ。一言のことは、二人とも「ひゆ」と下の名前を使った。

三人は年相応に遊び、話し、たまにトラブルを起こした。

トラブルの発端は大抵好奇心旺盛な多聞だったが、時折一言も突拍子のない言動をとっては引き金になっていた。一言に対しては一般常識がないのではと思うこともしばしあって、楽しそうにしている多聞を引きずっては収拾をつけるのに終始していたのが春見だった。

平凡とは遠く、けれど日常から逸脱しているわけでもない。そんな中学時代を過ごした。

同じ高校に進学できることが決まった時も、同じような日々が続くことを信じて疑っていなかった。少なくとも、春見と多聞は。

そして、高校一年生の夏。

空に侵略者が現れ、日常は崩れ去った。

暴れる化け物。破壊される建物。動かなくなる人々。

それらはやがて全てなくなり、人間だけが大勢消えたことを除けば不気味なほど元通りになった。戦闘フィールドの圏内にいた人間で、あの日のことを忘れられる者はいないだろう。

春見が住んでいた地域もまた、戦争(ゲーム)に巻き込まれた地域の一つだった。通信回線がパンクする中、なんとか多聞や一言と連絡がついた時は心底安堵したものだ。

しかし、再会できた一言は消沈しており、一緒にいた多聞もひどく戸惑っていた。

「私、あっちの世界から追放されてたみたい。置いて行かれちゃった」

泣き笑いとともに告げられた言葉で思い出したのは、三年前の言葉だった。

あれ以来一言は異世界人という単語を口にしなかったため、場を和ませる冗談だと思い込んでいた。しかしあれは冗談ではなく、本当に一言ひゆの「秘密」だったのだ。

妄想と現実が偶然一致したという話で終わらなかったのは、多聞という目撃者がいたからに他ならない。その場に居合わせた多聞は、珍しく動揺しながらも一言と異世界人とのやりとりを春見に伝えた。

曰く、異世界人は一言に不要だと言い放って去って行ったと。

話を聞いた時、春見の中に湧き上がったのは怒りだった。

自分や多聞に黙って帰ろうとしていた一言に対する怒りもあったが、それ以上に一言を切り捨てた異世界に強い怒りを覚えた。

三人のうち誰かがあの暴虐に巻き込まれて被害を受けたのなら、春見はそれを天災だと認識しただろう。やるせなさや理不尽は感じても、怒りにはならなかった。

だが異世界は、人間じみた意思をもって春見の大事な友人を踏みにじったのだ。

「見返してやろう」

その言葉に対する一言と多聞の反応を、忘れることはない。

普段春見を振り回していた二人が、呆気にとられた顔で春見を見たのだから。

「お前を、俺達のことを軽んじた異世界の奴らに、俺達がすごいってことを見せつけてやるんだ。それであっちが手のひらを返してきたら、ざまあみろって笑ってやれ!」

そんな言葉が、かつてのC隊の始まりだった。

その半年後、異世界との戦争ゲームに対抗する自警団が生まれ、さらに一年後、名前がなかった自治体は『ハウンドドッグ』と名乗り始めた。

三人は高校卒業と同時に『ハウンドドッグ』に入隊し、異界兵と戦った。

春見が成人した年の冬、多聞と一言が対人戦で死ぬまで。






空に浮かび、戦闘フィールドを張り続けている球体のカウントがゼロになった。

だが、すぐに新たなカウントダウンが始まる。

刻まれる数字は百八十分。そこから、秒単位で数字が変わっていく。

その変化から十分ほど経った後、戦闘フィールド内の一角がぐにゃりと歪んだ。

歪みは徐々に大きくなっていき、大人一人分の大きさになったところで止まる。そしてその歪みから、白い軍服のような服を着た男性が現れた。

彼の名はコワフズ。

異世界は南の国、シュッドに属する上級兵だ。

「同じ見世物(ラム)を二回も行わなければいけないとは」

溜息混じりに言いながら、懐から取り出した小さな円盤二つを放る。

円盤はコワフズの手を離れた後、傍からは数秒で消えたように見えた。それを見て満足げに頷いてから、ゆっくりと、優雅に見えるような姿勢で歩き始めた。

「時間の無駄ですよ、まったく」

半年前、家督とともに譲り受けた神装(ディーユ)。それをもってして上級兵へと特進したコワフズは、同じ立場の者がそうであるように輝かしい戦歴を欲していた。

そして、古世界(ヴィユ)で行われる戦争ゲームでの白星はコワフズが欲するものではない。

勝って当然。数多い引き分けすらも、本来なら褒められたものではない。

コワフズにとって、古世界での戦争ゲームはそういうものだ。実力や能力を評価されていなければ招集されないとわかっていても、格下相手に力を振るうのは煩わしい。

(何より、紳士的ではない)

時間の無駄だ、自分の力はこんなところでは発揮されない。

そんな思いを燻らせながら、視線を動かす。そして、細長い棒の先に取り付けられた丸型の鏡を見つけると、そちらの方に歩を進めた。

右手をかざしながら、もう片方の指をぱちんと鳴らす。

すると、鏡には別の景色が映った。

「……いませんか」

その景色をまじまじと眺めた後、もう一度指を鳴らす。その音に合わせて、今度は違う景色が鏡の中には映し出された。それもまた同じように検分し、次の景色に移っていく。それはまるで、映す場所が次々と変わる監視映像のようだった。

同じ作業を繰り返していくうち、ある景色の前で指が止まった。

一見すると何の変哲もないように思える。

しかし、景色の片隅には物陰で煙草を咥えている一人の男が映っていた。

コワフズの捜索方法は対象が常に動いていると補足しづらいという欠点があり、有効に使うには戦場の地理をある程度把握する必要がある。ゆえに一回戦目は補足に時間がかかったが、今回はあっさりと対象を見つけることができた。

とはいえ、目を引く金髪がなければ見逃していただろう。ゲームとは言えどここは戦場。目立つ姿を晒す姿を内心嘲りながら、男の様子を観察する。

(彼か)

あの時は持っていなかった長細い黒の袋を背負っているが、同じ人物で間違いない。二回戦目において、コワフズが対戦相手の中で最も警戒している男だ。

身体能力や攻撃の脅威は他の二人が上だが、あの男は見えている。その道理はわからないものの、不可視攻撃を得手とするコワフズには厄介な相手だ。

(逆に言ってしまえば、彼さえ潰してしまえば残る二人は良い的です)

そうほくそ笑むと、小さく跳躍する。跳んだ体は重力に従って下に落ちるが、地面に足がつく前に落下が止まった。さながら見えない何かを足場にしているかのように宙に浮いたコワフズは、そのまま鏡を見据えた。

瞬きの間に、コワフズの体が蜃気楼のように揺らめく。

揺らめいた体は鏡の中に吸い込まれたかと思うと、眩い輝きを放った。その輝きは近くの鏡に飛んでいき、そこを足場に今度は窓ガラスへと移動していく。輝きの移動は一瞬で、注意深く観察するか目敏くなければ気づかないだろう。

一回戦目の先回りは、そのようにして成った。

ゆえに今回もそのつもりで――否、気づかれぬうちに爆殺せんと――目的の鏡につき、体を再構築しながら物陰に向かって右手を突き出した。

慢心に満ちた不意打ち。

それでも、自らを守る障壁は展開させていた。コワフズは特進ゆえに実戦経験が浅いため、身を守る動作が習い性のように身についているのだ。

そして。

――――ガィンッ!

それが、視野外の奇襲からコワフズを守ることになる。

「……っ、な!?」

左右から感じた音と衝撃に驚愕しながら視線を向ければ、右には長刀を持った男が、左にはガントレットを装着した少女がいた。障壁に阻まれた得物を見て顔を顰めた後、二人は攻撃時の勢いを利用して飛び退く。

攻撃態勢をとっている右手が、どこを攻撃するかで逡巡する。

そんなコワフズに、今度は正面から短剣が投擲された。

「くっ!」

右手を狙ってきたそれを避けるように、手を引っ込める。障壁の射程が広いこともあり、飛来してきた刃は右手に届く前に障壁によって弾かれた。

弾かれた短剣はそのまま地面に落ちず、柄に巻きつけられた紐によって引っ張られる。短剣が戻る先にいるのは、つい先ほどまで物陰に座っていたはずの金髪の男。男は器用に短剣を受け止めると、声を張り上げた。

「二人とも隠れろ!」

「はいっ!」

「ああっ」

男の指示に従い、コワフズの斜め後ろで武器を構えていた二人は物陰に向かった。

障壁さえ展開していれば奇襲自体は恐るるに足らないが、それでは攻撃の数が限られる。長刀の男の斬撃と障壁ごと蹴り飛ばしてきた少女の剛力も考えると、三人揃っているならまずあちらを潰した方が得策か。

そんなことを思いながら先ほど移動に使った鏡を見やり、そして目を見開いた。

「無駄だぜ、紳士崩れ。あっちの鏡や窓は既に壊してる」

コワフズの困惑を先回りするかのように、金髪の男が口を開く。

一回戦目と異なり、余裕を感じさせる佇まいで短剣を向ける。紳士崩れという悪口も気にしていられない。その態度、その言葉に、コワフズの中で嫌な予感が渦巻いた。

(まさか。古世界の兵士ごときに)

湧き上がるそれを否定するように、胸中で頭を振る。

だがその予感は、金髪の男によって肯定された。コワフズの予想を大きく上回る形で。

「お前の武器は鏡で、太陽光を使ってるんだろう?」

「……っ!?」

驚愕の言葉は押し殺したが、表情に滲む驚きまでは隠すことができなかった。

「その顔。図星みたいで何よりだな」

そんなコワフズの顔を見て、金髪の男が不敵に笑う。

金髪の男とは対照的に、コワフズの動揺は強くなるばかりだった。

(なぜだ、なぜだ!?)

コワフズが所持している武器――神装“テスカトリポカ”。

不可視の鏡。他の鏡面体に干渉して景色の投射と移動を可能にし、集めた太陽光をバリアやレーザーに変換して反射することができる神なる武装。

この神装を使ったのは、無論コワフズが初めてではない。先代達もまた、“テスカトリポカ”を携えて戦場に赴いている。そのため他国にはある程度データがとられているはずで、そういった者達に看破されるのなら仕方がない。

だが、ろくに情報を得ていないはずの古世界の兵士に見破られるのは納得がいかなかった。

古世界を見下すプライドがあてずっぽうに決まっていると囁くが、先ほどの奇襲や逃げ道の選択は確信がないとできないことだ。場数は少なくとも、それくらいを理解するだけの戦術眼はコワフズにもあった。

ならばなぜ。

そんな疑問にわざわざ答えるはずもなく、金髪の男は距離を詰めてきた。

「この…!」

近づかれる前に右手を突き出し、そこから光を射出する。

本来ならばそれは、コワフズを除けば誰にも見えるはずがない。しかし、金髪の男はそれをしっかりと目に捉えると、横に跳んで回避した。

「…っ!」

よけられること自体は前回と変わらない。それは想定していたはずだ。

だが、神装の正体を言い当てられたことが大きな動揺を招き、それによって同じ行動が全く違うものに見えてしまう。金髪の男が前回と違い、余裕を湛えた態度なのも一因だった。

なぜわかったのか。

なぜ見えるのか。

コワフズの混乱を笑うように、金髪の男――春見透也が笑みを深める。

「言ってなかったな。俺は目が良いんだ」

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