第5話:対人戦




「……あれ?」

『ハウンドドッグ』東北支部にて、代理でやってきたC隊にあてがわれた臨時の隊室。

そこで届けられた武器を確認していたナツキは、輸送に使われた箱の底にあったものを見て首を傾げた。

「あ、あの、春見さん」

「ん?」

「黒い袋があるんですが……」

そう言いながら、「それ」を取り出した。

黒い袋に包まれた長い筒状の物体は、手に持つと想像以上にずっしりとしている。梱包ミスで混入するような重量ではなく、ナツキはいっそう怪訝な顔になった。

「……これ、武器か?」

自分の武器を確かめていたイヴェルも近づき、ナツキが持つものを見つめる。

そんな二人と黒い袋を交互に見た後、春見は気まずそうに頬を掻いた。

「あー…、それ俺の」

「“グレイプニル”と短剣以外も使うんです?」

「使わない。使わないけど、一応持ってきたやつ」

まとめて梱包されるよなそりゃと小声でぶつくさ言いながら、黒い袋を取り上げる。

ずしりとした重みが片手に伝わるのを感じて、顔を顰める。脱色した頭をがしがしと掻いてから、黒い袋を自分が使うロッカーに押し込んだ。

「?」

「……」

その後ろ姿を、ナツキは首を傾げながら、イヴェルは何か言いたげな顔で見る。

疑問にも言及にも答える気はないとばかりに、春見はわざとらしく手を鳴らした。

「武器があるのも確認したことだし、仮想現実で軽く準備運動しにいくぞ」

「は、はい」

「……わかった」

隊長からの指示に、二人は首肯を返す。

「……」

それでもしばらくイヴェルは春見のことを見ていたが、しばらくして目を逸らす。飲み込んだしこりをごまかすように、小さく溜息をついた。






空に球体が浮かび、そこから放たれる放射状の光がドーム状の空間を構築している。

東北の地に展開された戦闘フィールド。

隊服に身を包んだ春見達は、その中を密やかに移動していた。

球体に表示されているカウントダウンはちょうど、残り百二十分を切った。

掃討戦と同じく、対人戦の制限時間は三時間。そのうち三分の一を無事乗り切り、先頭を歩く春見の口からは思わず安堵の息が零れた。

「あと二時間か……。隠れ鬼をしてる気分だ」

その後ろで、イヴェルの口からそんな感想が漏れる。

厳しい戦いになると身構えていただけに、身を潜めては場所を変え、場所を変えては身を潜めを繰り返す現状にいささか心がついていない。ナツキも横で若干困惑していた。

戸惑っているだけで、春見のやり方に不満があるわけではない。そうとわかっていても、二人の反応にありもしない棘を感じてしまう。常道ではない動きをとっている自覚があるだけになおさらだった。

「……なるべく会敵も避ける方向って言ったろ。いいからついてこい」

そのため、促す声にもつい険が混じる。

言った直後に後悔し、がしがしと脱色した頭を掻いてから歩調を早めた。慌ててそれについてくる気配を感じたが、歩調は緩めなかった。

――――対人戦は、適当にやって勝てるもんじゃないわよ。

数日前、黒岩に言われた言葉が脳裏をよぎる。まったくもってその通りで、だからこそ春見は逃げに徹底していた。

真面目に挑む気がなかった。否、なくなったと言うべきか。

前園司令に任命された時は、戦って勝つことも視野に入れていたのだ。しかし、二人に情を移していることを自覚している今、それを選ぶことができないでいる。

元より対人戦そのものへのモチベーションが低いため、熱は下がる一方だった。

(……俺は、こいつらを戦わせたくない)

無茶をしてほしくない。

そして対人戦は、隊員に少なくない無茶を強いる。

(掃討戦は仕方ない……でも、対人戦だけは)

何かを失ってほしくない。

この戦争(ゲーム)は、簡単に大事なものを奪うから。

(俺は……)

誰かに目の前で死なれるのは嫌いだ。

なぜなら――――。

「……」

口に出したくない思いで胸中を満たしながら、歩を進める。

だが、真に非戦を望むのであれば、戦場で他所に意識を向けるべきではなかった。


「ああ、やっと見つけた」

だからこうして、望まぬ戦いの火蓋が切られる。


「……っ!?」

不意に頭上から降ってきた声に、弾かれるように顔を上げる。

時同じくして上を仰いだイヴェルとナツキ。二人の分も合わせて、六つの眼が空を見る。そして、カーブミラーの上に腰掛ける男の姿を捉えた。

優男然とした男が身に纏うは、軍服のような白い服。

それは、異世界の兵士たる証だ。

(いつの間に……!)

他のことを考えながら歩いていたとは言え、最低限の警戒はしていた。少なくとも、つい少し前までは進行方向に気配らしきものは感じなかったはずだ。

まるで急に現れたかのような男に、混乱と動揺が積み重なっていく。それでも硬直せず、短剣をいつでも抜ける構えをとれたのは今までの経験の賜物だった。

「さて、古世界の兵士とはいえど礼節を欠かさぬのが紳士たるもの」

そんな言葉と共に、ふわりと重力を感じさせない動きで男が下に降りてくる。完全には地面に足をつけず、わずかだが体は宙に浮いていた。

「我が名はコワフズ。どうぞお見知りおきを、古世界の兵士」

コワフズと名乗った男は、恭しく頭を下げる。

その所作は大仰で、礼儀正しさよりは慇懃無礼を感じさせた。端々から滲み出る侮りが、目の前の男の言動が虚飾であることを裏付ける。

一年近く対人戦から離れていた春見ではあったが、異世界の兵士は相変わらずだった。

当たり前のようにこちらを下に見て、負けるなどとは露ほども思っていない。

そんな慢心を突いて思い知らせるのが『ハウンドドッグ』の戦い方だ。

しかし今、春見の思考は戦闘より逃走に比重が置かれている。そのため、コワフズが顔を上げる前に攻勢には転じず、イヴェルとナツキの腕を掴んで後ろに大きく跳んだ。

隊服によって強化された脚力で、相応の間合いまで距離をとる。

着地と同時に短剣を抜けば、二人も同じく臨戦態勢に入った。

(さて、どうする……!)

見たところ男は徒手空拳。武器はなく、構えてもいない。ただ悠然と宙に浮いている。

かえって攻めあぐねるが、不可解な現れ方を思うと考えてばかりもいられない。

「……隙見て仕掛けろ。頃合いを見ていったん離脱するから、長くはやり合わん」

振り返らずに小声でそう告げると、敵に向かって駆け出した。

正面から斬りかかるふりをして、直前で地面を蹴り、コワフズの真横に着地する。そのまま腕を振るい、背中側に短剣を叩きつけた。

――――、が。

キィンという高い音と共に、振るった短剣が見えない何かに弾かれた。

「ちぃ…っ!」

舌打ちと共にもう一度斬りつけるが、結果は同じ。

二度目の舌打ちを鳴らしながら地を蹴り、距離をとった。

「ナツキ!」

「うん…!」

それと入れ替わりに、ナツキが右側からガントレットになった拳を振るい、イヴェルが左側から長刀で斬りかかる。だがそれも、同じように見えない何かが阻んだ。

アイコンタクトを交わした後、間髪入れずにナツキは足、イヴェルは鞘で今度は前後から攻撃する。その挟撃も同様に防がれたのを確認してから、春見のように跳躍で距離をとった。

二人の意図を察し、そして得られた情報に三度目の舌打ちを零す。

「四方フォローの見えない壁かよ、くそったれ……!」

対人戦で戦う異世界の兵士は、大きく二つの傾向に分かれる。

圧倒的な火力で押し潰してくるタイプ、そして何をしてくるか読めないタイプだ。コワフズは間違いなく後者だろう。

このタイプはできるだけ長く交戦し、情報を引き出さなければ勝機がない。倒すつもりはないとはいえ、逃げに徹するにしても相性が悪いタイプを前に思わず歯噛みする。

(どうする、どうする……!)

たんに壁が不可視なのか、それとも反射か吸収か。様々な可能性が頭の中を回る。

先ほど以上に攻めあぐねている中、“天羽々斬”に手を伸ばそうとしているイヴェルの姿を捉えた。鯉口を切ろうかという直前、春見は反射的に叫んでいた。

「やめろ!!」

「っ」

怒号にも似た声を浴びせられ、イヴェルの体が強張る。

叫んでから、自分が愚行を犯したことを理解した。

「ふむ。彼には何かあるのでしょうか?所詮は古世界の小細工だと思いますが、芽を摘むに越したことはないでしょう」

そう言うと、コワフズはイヴェルに向かって手のひらを向けた。

それを見た瞬間、春見の足は駆け出していた。そんな春見を嘲笑うように一瞥してくるコワフズを睨みつけていると、手のひらに現れた変化に気づく。

(なんだ、光が……?)

手のひらの中心に、光が収束している。

ピンポン玉サイズの大きさになったところで収束を止めると、一拍のうちにレーザーを思わせる速度で射出された。春見の足はまだ、イヴェルの元に辿り着いていない。

「っ、避け――!」

春見が声を上げるのと、イヴェルの前にナツキが立ちはだかったのはほぼ同時。

――――直後、ナツキの右腕が爆ぜる。

光線を浴びた箇所から火薬が炸裂したように弾け、血と肉片が飛び散った。

「、な」

「ナツキっ!!」

悲鳴じみた呼び声が、二人の口から上がった。

ナツキはそれに返事できず、顔を苦悶に歪めながら膝をつく。

焦げついた臭いがする傷口は損傷の大きさに反してあまり出血していないが、腕一本分の血を失った顔がみるみるうちに青白くなっていくのは遠目からでもわかった。貧血にふらつく体を、イヴェルが後ろから支える。

「馬鹿野郎!何してんだ!」

「っ」

傷を負わせてしまった焦燥から声を荒げ、大きく跳ねた肩を見て即座に後悔する。

落ち着かせてやりたいが、状況がそれを許さない。我慢しきれずにまた舌を鳴らすと、イヴェルの方に向かっていた足を方向転換させた。

「イヴェル、ナツキを連れて離れろ!」

「それだとカスミが」

「いいから!」

叱りつけるように声を張ってから、コワフズの方へと向かう。

懐から取り出した“グレイプニル”を手のひらめがけて投擲し、射出した紐を手首に巻きつかせる。そのまま反対側の紐を掴んで引き寄せようとしたが、その前に逆側の手のひらが突き出された。

先ほどと同じように光が収束し、レーザーのように放たれる。

だが、射出後の速度が早かろうと、撃つタイミングがわかってしまえば避けるのは難しいことではない。“グレイプニル”を掴むことは諦め、体を横転させて光をかわした。

そんな春見を、コワフズは怪訝そうに見つめる。

「……君はなぜ回避できるのかな?」

「…?」

何を言われているかわからず、訝しむ。

しかし、その理由について考える暇などない。飛んでくるレーザーをかわしながら、二人をどう安全圏まで逃がすか思案するので精一杯だった。



一方、イヴェルに抱えられて近くの物陰に移ったナツキは過呼吸に陥っていた。

「ひゅー…っ、ひゅー…っ」

喉からは嫌な音ばかりが零れ、呼吸が安定しない。目の焦点は定まっておらず、眦からは今にも涙が溢れ落ちそうになっていた。

服を裂いて止血をしながら、哀れなほど震えている肩をイヴェルが強く抱き寄せる。

「ナツキ、落ち着け、大丈夫、大丈夫だから」

「ひ、ぅ、ひっ…ひぃ、ぅ……」

けれど、そんな声も今のナツキには届いていない。

激痛と――それを上回る強い感情が心中で荒れ狂い、少女と外界を断絶していた。

胸中を満たすは、少女が無意識に堪え続けていたあるものへの恐怖。

所作に反映されていても、迷惑をかけまいとして目を逸らしてきたもの。

それが今、最悪の形で決壊する。

「…?」

激痛のショックにしては様子がおかしいことに気づいたが、既に手遅れ。

「なつ、」

再度呼びかけようとしたイヴェルの腹部に、鋭い痛みが走った。



“グレイプニル”の紐を操りながら、コワフズの体勢を崩す。

よろめいたところですかさず短剣を叩きつけるが、今までの攻撃と同じように見えない壁に阻まれた。もはや何度目になるかわからない舌打ちをしながら、距離をとる。

(くっそ、一撃さえ入れられれば……!)

対峙している限り、コワフズ本人は肉体派とは言い難い。一撃でも攻撃が入れば、それが大きな隙に転じるだろう。

しかし、その一撃が入らない。

四方を守る壁は堅牢で、崩れる気配がなかった。

(……やっぱ“天羽々斬”じゃないと無理か、壊すのは)

そうは思うが、イヴェルに応援にきてもらおうとは思わない。

散々攻撃を叩き込んだ今となっては反射や吸収の類いではないと確信しているが、先ほどはその可能性を恐れて最大の好機を自ら台無しにした。コワフズとてその時のやりとりは忘れていないだろうから、構えさせるのは彼を危険に晒すだけだ。

(俺が、こいつを引きつけないと)

決意を新たに、短剣の柄を強く握り直す。

そんな春見を見て、堅牢な守りを敷く異世界の男は悠然と笑みを浮かべた。

「古世界の兵士にしてはなかなかやります。ですが、いつまで保ちますかね?」

言いながら手のひらをかざし、光の矢を放とうとする。

それを回避しようと身構えたところで、コワフズの背後に影を見た。

直後、伸びてきた足がコワフズの側面に勢いよく叩きつけられる。不可視の壁に阻まれてなお衝撃が落ちなかった足は、障壁ごとコワフズを蹴り飛ばした。

「ぐぁ…!?」

「っ!?」

蹴られたコワフズもそれを見た春見も、顔を驚愕で染める。

勢いのまま、コワフズは近くの建物に叩きつけられる。追い撃ちをかけるには絶好の好機ではあったが、それよりも目の前に現れた人物に春見の意識は持っていかれた。

「ナツキ…!?」

肩で息をしながら立っていたのは、戦線から遠ざけたはずの少女。

最低限の止血しかされていない姿に、怒りと焦燥が胸を焦がす。交戦中だとわかっていても、意識は否応なくナツキの方に向いた。

「お前っ、何で来るんだ!イヴェルは……!」

しかし、声を荒げながら詰め寄ろうとしたところで、春見の体がわずかに宙に浮いた。春見が近づくよりも早く距離を詰めてきたナツキが、蹴りを叩き込んできたために。

「ぁぐ…っ!?」

呻き声と共に、先ほどのコワフズと同じく建物に叩きつけられた。

くしくも初陣と同じように、正面と背面の両側から肋骨にヒビが入る。内臓が傷つかなかったのは僥倖と言えよう。おかげで衝撃をやり過ごした後、立ち上がることができた。

「ふぅ…!」

「っ、この…!」

だが、春見が立った瞬間、獣のように唸りながらナツキが飛びかかってきた。

空中で一回転してからの踵落とし。それを、どうにか寸前で回避する。

金属製のブーツがコンクリートの地面とぶつかり、表層に亀裂が走る。威力に息を呑んだのも束の間、地面についた足を軸にした回し蹴りが側腹部に入った。

みしりと、骨が折れる内側から聞こえた。

「げ、ほっ、げ、ぇ、げほっ!…っぐ、“グレイプニル”!」

激しく咳き込みながら、たたらを踏む。そこにガントレットによる追撃が入りかけるが、複数の“グレイプニル”を使って拘束し、地面に楔を打つことで押し留めた。

ようやく動きが鈍り、思わず安堵の息が零れた。

「フーッ、フーッ、フー…ッ」

唸るような呼吸と共に、拘束から逃れようとナツキは身をよじらせる。理性のない獣を思わせる所作は、春見の脳裏に標識を振り回していた姿を思い起こさせた。

暴走状態。

今のナツキには、目に映るもの全てが外敵と認識されている。

(このタイミングで……!?)

暴走状態のトリガーは、イヴェルから聞いている。

恐怖が限界値に達した時、彼女は理性を手放し、肉体にかかったブレーキを外す。そして外敵を排除するためにセーブがなくなった力を振るうのだ。

加えて、あの時よりもいっそう状態が悪いように見える。

(腕が吹っ飛んだからか?ああ、くそ……!)

気絶させただけで我に返るのか。そんな危惧を抱きながらも意識を刈るために近づく。

しかしその考えは、瞳孔が開いた目から涙が零れた瞬間に変節した。

「……?」

濡れた眼に引き寄せられるように、少女の顔に見入る。理性が飛んだ面立ちを改めて正面から見た時、火花のように一つの予想が脳裏をよぎった。

「フー…ッ、フー…ッ」

「……ナツキ」

「……ッ!!」

呼びかけながら手を伸ばそうとすれば、ナツキは身をよじらせて後ずさりをする。

それに確信を深めながら、逃がさないようにさらに大きく踏み出す。

だが、春見の手が届く直前、横合いから飛んできた光が少女の頭部を消し飛ばした。

「――――」

べちゃりと湿った音を立てて、血が顔に付着する。

巻き込まれるように片手が爆ぜたが、その痛みを感じる余裕がない。首がなくなった少女を見下ろす春見の頭は、一瞬のうちに真っ白に染まった。

「……ああ、全く!不愉快、実に不愉快だとも!」

硬直する春見の横顔に、苛立ちを隠さない声が叩きつけられる。

「古世界の兵士ごときが!この私を蹴り飛ばし、あまつさえ服を汚すなど!ああ、実に不愉快極まりないことだ!」

執拗に服についた土埃を払いながら、地に足をつけたコワフズは憤慨する。こちらを見下す姿勢を露わにした怒声が、皮肉にも春見の思考にエンジンをかけた。

「――っ、て、めぇ…!!」

しかし、遅い。

攻勢を仕掛けようとした春見の足は、光の矢に消し飛ばされる。駆け出そうと前のめりになっていたこともあり、片足を失った体はそのまま崩れ落ちた。

無様に転がった春見を嘲笑うように見下ろしながら、コワフズは両手を突き出す。光が収束していくのを見て片手片膝だけで立ち上がろうとするが、無論これも遅い。

しかし。

「出力……陸」

もう一人は、間に合った。

静かな声と共に、鯉口が切られる。

「…っ!?」

「イ、 ヴェ」

脅威を感じ取ったコワフズが、聞き覚えのある音に気づいた春見が視線を向けた先には、腹部を赤く濡らしたイヴェルが居合の構えをとっていた。

四つの眼がその姿を捉えると同時に、“天羽々斬”が抜刀される。

その性能を知らぬ者にも、「斬られる」と感じさせる剣圧が放たれた。

「く…!」

春見に向けていた両の手を、とっさにイヴェルに向ける。だが、そこから収束された光が放たれることはなく、それどころかなぜか光は霧散していた。

(……?)

その変化を怪訝に思うと同時に、斬撃がコワフズの体を両断した。

堅牢な壁に守られていた体が、上半身と下半身に分かたれる。継戦不可能な致命傷に、春見は数拍前の疑念を忘れて安堵した。

――――ところで、まるで煙のようにコワフズが消え去った。

「っ、な…!」

「…!?」

目の前の光景に、二人の顔が驚愕に歪む。

思わずお互いに顔を見合わせ、そして春見の顔がいっそう驚きに染まった。

「イヴェル、後ろだっ!!」

喉が割れんばかりに叫ぶ。

けれど、負傷している上にオドを大量に消耗したイヴェルの動きはそれに追いつかない。振り返るよりも早く光の矢が心臓を貫き、そのまま爆散した。

どさりと音を立てて、肩から上が地面に落ちた。

「――――ッッ!!」

声にならない悲鳴が上がる。

死にものぐるいで起き上がろうともがくが、それは叶わない。

「……ああ、全く、ヒヤヒヤさせられましたね」

脅威を排除して落ち着いたのか、慇懃無礼な口調に戻ったコワフズが再度両手をかざす。手のひらには、光がゆっくりと収束し始めた。

ナツキは死んだ。

イヴェルも、死んだ。

今度こそ、これを回避する術はない。

「ですが所詮、古世界の兵士。私を倒すことなどできませんよ」

侮りの言葉と共に、二条の光が放たれる。

それが眼前まで迫った時、春見の意識もまた断絶した。

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