第3話:初陣-1




一週間後、夜。

『ハウンドドッグ』本部から一駅分ほど離れた街の上空に、前触れなく球体が現れた。

《古世界(ヴィユ)に転移完了。三百秒後に戦闘フィールドを展開します》

機械的な音声が、静かにそう告げる。

そして、きっかり三百秒――五分が経った後。球体から光が放射状に射出され、緩やかなカーブを描きながら地面めがけて伸び始めた。

地面に到達した光は左右に広がっていき、数分後には巨大な光のドームが形成される。

《二十四時間後、戦争ゲームを開始します》

球体が再び、静かな宣告を行う。

同時に、表面にカウントダウンが表示された。

その数分後、サイレンが夜の帳を引き裂いていく――――






「C隊再結成後の初陣が夜とはなあ。運が悪かったな、春見」

掃討戦に参加する隊員の控え室。

I隊の隊長である徳島は、そう言って苦笑した。

次いで、励ますように春見の肩を叩く。体育会系の見た目に相応しい豪快な勢いと共に繰り出されるそれは、春見の肩に痛みと衝撃を与えた。

「徳島さんマジ痛いんでやめてください」

「おっと、すまないな」

訴えれば、素直に手を引っ込められる。

痛みから解放されたことに安堵の息をついてから、春見は自分の後ろに立つイヴェルとナツキの方を振り返った。

「この人はI隊隊長の徳島さん、後ろにいるのが隊員の香川さんと高知さんだ」

「徳島だ。よろしくな……えーっと?」

「こっちのでかい方がイヴェル、小さい方がナツキです」

「イヴェル・ミランダだ」

「ナツキです」

春見の紹介に合わせて、イヴェルとナツキは軽く会釈をする。会釈の拍子にナツキが被っていたフードが少しだけずり下がった。

「イヴェルは外国人として、ナツキはなんて字を書くんだ?」

「あ。えっと。多分、季節の夏に樹海の樹だとは思うんだけど」

「多分?」

「あー、こいつもつい最近まで海外に住んでたんで、それで」

若干苦しい言い訳だったが、言及する事柄でもなかったためかあっさり納得の表情が返る。

内心安堵の息をつくと同時に、この手の質問を想定していなかった見通しの甘さを反省する春見だった。今回の掃討戦が終わったらすり合わせをしておこうと固く誓う。

「それにしても、二人揃って変わった格好というかなんというか」

簡単な紹介が終わった後、徳島の後ろに控えていた隊員の一人が、イヴェルとナツキを見てそんな言葉を漏らした。

二人の今の格好は『ハウンドドッグ』の汎用隊服ではなく、春見と同じく黒を基調とした軍服のような服だ。しかし、春見とほぼ同じの服を着ているイヴェルとは対照的に、ナツキは上がフード付きのノースリーブ、下は半ズボンに変更された上、隊服に合わせた色の長手袋にブーツといういでたちになっている。

装備もまた、普通の隊員基準では奇異に映るものだった。

できるだけ身軽であることが良しとされる中で、日本刀を二振り腰から提げているイヴェルは機動力が落ちているように思われる。それ以上に、武器らしいものを装備しているように見えないナツキの姿は戦場に似つかわしくない。

怪訝そうな顔をするI隊の隊員二人を見て、春見は頭を掻きながら口を開く。

「ナツキは手袋とブーツが『人造神器(オーダーメイド)』なんだ。あとこいつ髪が白くて目立つから、ひとまずフードつけて隠してる感じで」

「ああ、なるほどな」

「お前のと比べてだいぶ魔改造されてるから趣味なのかと」

「隊員の隊服に趣味を反映するのはD隊の隊長くらいなもんですよ」

必要なカスタマイズなのだと補足すれば、一転して得心される。

キュロットスカートが良いと主張する製造班を叱りつけて半ズボンに変更させたという経緯があるのだが、さすがにそれは口にしなかった。

「イヴェルも一つが『人造神器』だから、『模造兵装(レプリカ)』をそっちに合わせたんだよ」

「日本刀型の『人造神器』か。俺も昔は使ったなあ」

「使いづらくても落ち込むなよ、ミランダ。色んな隊員が通った道だからな」

「……?」

見守るような温かい視線を向けられ、イヴェルが首を傾げる。厨二病という概念を知るはずもない異世界人に、春見は心の中で謝った。

そんな春見の心情など露知らず、親近感を覚えた香川と高知がイヴェルに話しかけにいく。

「そういや、ついミランダって呼んじゃったけどいくつなんだ?俺達や春見より背高いけど」

「あ、俺らは春見と同じで二十一才な」

「……十四だ」

「十四。十四!?」

「中学生じゃん!外国の中学生、発育すげーな……」

「さてと。新人達と親睦を深めるのもいいが」

弛緩した雰囲気にいったん区切りをつけるように、徳島が両の手のひらを打って音を立てる。

「そろそろ本題に入るか」

「はいっ!」

乾いた音を聞き、香川と高知は即座に姿勢を正す。

それに倣って、春見とイヴェルも背筋を伸ばして向き直る。ナツキだけはきょとんとしていたが、春見に注意されて二人を真似た。

「前回の異界兵は爬虫類型だったから、今回はおそらく四足獣型だ。他の型に比べると動きが素直な反面、純粋な攻撃力は高い。この間参戦した時みたいに新型が出てこないとも限らんし、何より新人もいる。分かれずに確固撃破してもいいと思うが、どうだ?」

「ん、そうっすね。……本番での連携を試したいんで、別働隊で大丈夫です」

「わかった。何かあったらすぐ向かうから、遠慮なく連絡してくれ」

「はい。徳島さんの方も、何かあったら連絡してください」

春見がフリーだった時にI隊とは何度も共闘したことがあるため、隊長同士の話し合いはつつがなく終わる。

今回の方針が決まれば、後は隊でのすり合わせとなる。イヴェルともう少し話したそうにしていた香川達に後日の約束を取り付けてから、春見は二人を連れてC隊の隊室に向かった。




「あの、春見さん」

仮眠室も兼ねている隊室についたところで、ナツキがおずおずと口を開く。

「どうして、C隊(うち)より隊の等級が低くて、春見さんより強くなさそうな人が指揮をとってたんですか?あの場でなら春見さんが指揮をとるのが相応しいと思うんですけど」

「……」

小首を傾げた可愛らしい仕草とは対照的に、その口から出てきたのは爆弾に等しかった。

思わずこめかみを押さえて黙った後、信じられないものを見る目でナツキを見下ろす。きょとんと不思議そうに見つめ返され、頭痛が酷くなるのを感じた。

溜息で痛みを逃してから、横に立つイヴェルにいったん視線を向ける。

「イヴェルさあ。そっちの世界で序列ってどういう基準で決まるわけ?」

「国ごとに差異はあるが、基本的に実力と成果が評価される。年齢はあまり重視されないな。俺の国だと特にそれが顕著だ。建国からの方針で、誰に対しても同じ口調で接する」

「お前が誰に対してもタメ口なのはそういうわけか……ってそれは脇に置いといて」

こめかみを押さえていた手で頭を掻きながら、改めてナツキを見る。

ここは異世界ではないと説いてもあまり意味はないだろう。何せ、こちらの世界、ひいては現代日本における共通認識を忘却しているのだ。郷に入っては郷に従えと言うが、ナツキは異世界のルールが馴染みすぎて従うべきものが認識できていないと思われる。

(そういや、最初は秋津にも敬語使ってなかったな……。あいつが強いってわかったから、敬意を払い始めたのか)

秋津と引き合わせた日に感じた違和感の正体がようやくわかり、思わず顔を顰める。

おそらくナツキにとって、絶対的な基準が「強さ」と「階級」なのだ。

強いと判断すれば敬意を払い、相手の階級が自分より上でも敬意を払う。

そして、それに該当しなければ年上だろうとその対象にはならない。

それだけだと暴力や権力に媚びへつらう弱者だが、ナツキからはそういった弱者から感じる卑屈さや引け目が感じられない。彼女は自身の中にある物差しに従っているだけだ。

二回目の出会いで春見は彼女を犬のようだと思ったが、皮肉にもそれはナツキという人間の本質を突いていたのだろう。

なまじ春見とは最初からうまくコミュニケーションがとれていたために、今の今まで気づくことができなかった。これから戦いに赴くという時に気づきたいことではなかったが、致命的な事態を引き起こす前にわかってよかったと前向きに捉えるしかない。

(多分これ、俺がなんとかしないといけないんだよな……)

自身の手に余ると判断したら降りても構わないという言質はとったが、よほどでなければ了承されないことは理解している。当然長期的な任命になることは視野に入れているため、その過程で責任問題に問われないよう取り計らうのも仕事のうちだろう。

今後のことを考えると、頭が痛い。

(なんだってまたこんなことを……――――)

そこまで考えたところで、我に返ったように目を瞬かせた。

脳裏に過ぎる人影。

決して忘れられない顔が、目の前のナツキと一瞬だけ重なる。

頭を振ってそれを追いやってから、ひとまず現状の齟齬を正そうと口を開いた。

「あのな。俺達は確かにC級だけど、今まで欠番だったところに入っただけだ。俺達に限らず『ハウンドドッグ』ではそういうのがよくあるから、等級は隊ごとの強さの目安ではあるけどそのまんま序列とはならない」

「はい」

「そしてこっちの世界では年上に対して敬意を払うのが常識だ。んで、俺は二十一才、徳島さんは二十五才。四才差がある。だから徳島さんに指揮を任せた。わかったか?」

「わかりました。これから年上だと思う相手には司令官と同じように接します!」

「……不安!」

一抹どころではない不安を覚えるが、いつまでもナツキの対人コミュニケーションについて話しているわけにもいかない。イヴェルが目配せしてきたのを良い意味だと解釈して、本来するつもりだった話に移ることにする。

「さーて、初陣になるわけだが。二人とも隊服はどんな感じだ?」

「ぴったりです」

「動きやすい」

「それは何よりだ。ナツキ、さっきフードずれてたから内ピンを留め直しとけよ」

「あ、はい。わかりました」

春見に指摘され、ナツキは慌ててフードの内側にあるピンで髪を留めた。

人目を引いて止まない雪のような白髪は、フードの下に隠される。それを少しもったいなく思いながらも、目立つ髪色が見えなくなったことにホッと息をつく。

「暫定的にフードで髪を隠してみたけど、もし実戦で視界が悪くなったとかあったらいつでも言え。他に隠し方ないか秋津達と一緒に考えるから」

「私の髪を剃るのは駄目なんです?」

「駄目」

「駄目だ」

春見とイヴェルの声がユニゾンする。

「簡単に身を切ろうとするな。そういうのよくないって前から言ってるだろ」

「でも、戦うのに邪魔だって春見さんが判断するならない方が」

「やめろ。そんな理由でお前を丸刈りにしたら俺が女性隊員に干されるわ。やめてくれ」

侮蔑の眼差しを想像して、春見は思わず自分の体を抱きしめる。

女という生き物は基本的に、例え自分のことでなくとも女性の象徴を軽んじられると怒り狂うものなのだ。あくまで春見の体験に基づくものだが、実体験でその恐ろしさを知っているだけに余計に勘弁願いたいと思う春見であった。

「それに、お前の髪は綺麗だろ。だから切らない方向でいきたい」

「…………あ、は、はい」

それでも納得がいっていないナツキにそう言えば、少女は少しの間黙った後、フードを目深に被りながら小さな声で返事をした。

急な変節に首を傾げてイヴェルの方を見ると、ジト目と目が合う。

「えっ。なんだよその目は」

「カスミはそういうことを言う」

「どういうこと……?」

「フードと言えば」

意味がわからずさらに首を傾げるが、イヴェルはそれに取り合わず話題を変えてきた。

「俺は被らなくてもいいのか?戦争ゲームの仔細を監視してるわけじゃないが、一応こちらの世界での戦争ゲームを俺達の世界は見ているぞ」

「ああ、それか」

露骨に話を逸らされたが、もっともな疑問だったので転換の流れに乗る。

「逆だ。見られてるからこそ、お前に関しちゃ変に隠さない方が良い」

「なぜだ?」

「お前がいなくなったことはとっくに知られてるだろうが、だからって異世界の人間がこっちで戦争ゲームに参加してるなんて考えにはそうそう至らないだろ?だから顔を晒したまま戦ってても、そっくりさんだって思い込んでくれる可能性が高い」

「確かに」

「だけどフードとかで隠れてた顔がふとした拍子に見えて、それが消えた自国の人間と同じツラをしてたらどう思う?」

「……」

その問いかけに少し考えた後、イヴェルは納得の表情を浮かべた。

「ばれないように振る舞っていた当人だと思うな」

「そういうこと」

異世界がこちらの世界を軽んじている以上、極端な美醜や目立つ特徴を有していない限り一人を注視することはないだろう。

イヴェルの顔立ちは美形の部類に入るが、特別目を引くほどではない。髪の色も日本人に多い黒なので、隠すことで注意を引くよりは溶け込ませた方がいいというのが春見の判断だ。

「ナツキに関しちゃ晒したままでも途中で見えても目立つし、何より異界兵の注意を集めかねないから隠す感じでいく」

「ん、理解した」

この方針は前園司令官に報告し、許諾を得ているので問題もない。

だが、これらに関しては春見がそうした方がいいのではと思ったからで、前園から直々に異世界側への秘匿を指示したわけではなかった。

イヴェル達が要人ではないこと、上層部が一隊員に関与しすぎると二人の正体が露見する可能性があることを考慮すれば、ある程度春見に投げっぱなしなのは致し方ないのだろう。それにしたって丸投げにしすぎではないかと思わないでもない春見である。

「……と、そろそろ時間か」

話をしているうちに、壁にかけられた時計が出発の時刻手前に差しかかった。

行くぞという言葉と共に隊室の外へ向かう春見の後を追い、二人も部屋を出る。通路を進んで外に出れば、夜の帳の下で待機するボックスカーとトラックに出迎えられた。

「……カスミ」

ボックスカーに向かう春見の後ろ姿を見て、ふとイヴェルが口を開く。

「お前の髪も、目立つんじゃないのか?」

その視線は、夜の中だと一際目を引く傷んだ金髪に向けられていた。

がしがしと乱暴に頭を掻いた後、春見は振り返らずに返事をする。

「いいんだ、俺は」

「……」

ひどく投げやりな声は深い溝を感じさせ、それ以上の言及を許してはくれなかった。

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