第2話:初陣準備-3




「はぁッ!!」

威勢と共にナツキが長剣型の武器を振るい、それを秋津の側面に叩き込もうとする。

だが、その一振りも秋津が持つ長柄の鎌に受け止められ、そのまま勢いを受け流された。無防備になった脇腹に長柄が打ち据えられ、華奢な体が地面に横転する。

「――がはっ」

「ははっ、遅い遅い」

「っ、ぐぅ…!」

秋津の体勢が反撃時から戻りきる前に日本刀を構えたイヴェルが突っ込んだが、抜刀するよりも早く長柄が回転し、胸部に先端を叩き込まれた。

体格差もあってナツキほど派手に飛ばされなかったものの、胸を押さえて片膝をつく。

秋津が瞬く間に二人を迎撃するのは、これで五回目だ。その間に二人の攻撃が秋津に届いたことはほとんどなく、不慣れな武器が一因と理解していながらも思わず歯噛みをしてしまう。

「総合力は少女が上だけど、テクニックは少年に軍配が上がるな」

悔しがる二人とは対照的に、秋津は楽しげに分析を口にした。

恰好は白衣ではなく、春見が着ていた軍服と似た服に身を包んでいる。春見の服が黒を基調としたものなのに対し、秋津のそれは群青がベースになっていた。

「立ち回り方がうまい。少女みたく手数で押せない分、いい感じに動きを最小限にしてるな」

「そりゃあ…っぐ、ちょっと打ち合っただけで、やばいくらい疲れれば……っ」

痛む胸を押さえたまま、イヴェルが言葉を返す。

二種類の剣を交互に使っているが、どちらも鞘から抜いて構えているだけで体力と精神力が目減りするのを感じ、秋津の鎌と一合打ち合えば全力疾走した時の疲労感に襲われる。立ち続けていられるのは、力が尽きかけると自動的に最初の状態に戻されるからに他ならない。

鞘から抜いたままにしておくのは三十分前に諦め、今は抜刀の瞬間に斬りつける戦法で秋津と対峙していた。

一方のナツキはイヴェルのような疲労感こそ覚えていないものの、武器を構えているだけで体力が減り、攻撃に転じるとそれが顕著になるのは同じように感じていた。

「それがオドを消費する感覚だな。二人が使ってるのは訓練用にあえて燃費を悪くしてるやつだから実戦だと消費はもっとマイルドに感じると思うけど、ガンガン使っていいもんじゃないってのは十分にわかったかな?」

「はい…。これ、普通に戦闘中行動不能もありますよね」

「新人の敗因が九割それだな。さっき少年も言ってたけど、消費と精製速度が噛み合ってないからな。戦争ゲーム中に自然回復とかほとんどしないし。だから余計に仮想現実とかじゃないと『人造神器』使った訓練はできないんだよな」

けらけらと笑いながら、長柄を器用に回す。しばらく曲芸のように回転させた後、上に投げた柄をぱしっと勢いよく掴んだ。

「わかったところで続きいくぞー。どんどんかかってこーい」

強者の笑みを浮かべて宣言する秋津に、二人は頬を軽く引きつらせた。

そんな二人を見てさらに笑みを深くすると、長柄の鎌をゆるりと構える。次の瞬間には大きく長柄が振られ、同時に長柄から離れた鎌がナツキに向かって飛来した。

「ッ…!」

とっさに剣を振るい、飛んできた鎌を弾く。

上に飛んだ拍子に、じゃらりと音が鳴る。鎖鎌だと気づくと同時に、空中でたわんだ鎖がピンと引っ張られた。外力を得た鎌は軌道を変えて、今度はイヴェルに襲いかかる。

「こ、の…!」

同じように弾いても意味がないと判断し、身を屈めてかわしながら鎖を鞘に引っかける。そのまま鎌の刃が当たらないように鎖を鞘に巻きつけ、動きを止めた。

引っ張って長柄を奪おうとするが、秋津も長柄をしっかりと掴んでいるため叶わない。

再びピンと鎖が張り、両者の間で拮抗が始まった。

「判断力もよし、と。武器を考え甲斐があるなあ…っと!」

楽しげに言いながら、すかさず間合いに入ってきたナツキの攻撃を長柄で受ける。

「いやあ、二人とも手ごわい手ごわい。今のはちょっとやばかったな。……んじゃま、なまくら使ってる相手にあっさり負けるのはさすがに悔しいんで」

「がっ!」

「ナツキ!」

言葉と同時に片足を浮かせ、脇腹を容赦なく蹴りつけた。

鳩尾に食い込んだ爪先に、呻き声と呼び声が上がる。その瞬間二人の力が一瞬緩んだのを見逃さず、長柄を巧みに動かしてナツキをさらに打ち据え、イヴェルから鎌を奪い返した。

鎖は自動で収納されるコードのように長柄の中に入っていき、瞬く間に鎖鎌から長柄の鎌に戻る。それをひゅんっと音が出る勢いで振るってから、今度は好戦的な笑みをたたえた。

「秋津イチカの『人造神器』“イガリマ”、とくとごらんあれ」




「……、つ」

「疲れた……」

同じ感想を零しながら、イヴェルとナツキは台に突っ伏した。

肉体的な疲労は残っていないが、思わぬ激戦を強いられて精神的にくたびれていた。

「おつかれ」

そんな二人を労うように、春見がスポーツドリンクのペットボトルを手渡す。

口には、紫煙を上げる煙草が咥えられている。模擬戦が終わるのを待っている間に吸い始めたのだろう。台が設置されている室内は、新しい甘い香りが漂っていた。

「春見さん、前とちょっと臭いが違いますね」

「ここで吸う時は先輩と同じ銘柄にしてんだよ。混ざると臭いってうるさいし」

「臭くなくていいと思う」

「……お前らといる時はなるべくこの銘柄吸うわ」

そんなやりとりをしつつ、ペットボトルを受け取った二人はのろのろと上体を起こす。

朝食の時に開け方は実践させられていたので、異世界人のイヴェルも難なくペットボトルから水分をとることができた。染みわたる甘さに、少年少女は揃って一息つく。

一方の秋津はと言えば、大きなモニターで模擬戦の記録を見直しながらメモをとっていた。

その横顔は真剣そのもので、小声でぶつぶつと呟いているのもあり、話しかけづらい雰囲気を漂わせている。自然と三人は、声を潜めて会話を始めた。

「強かったろ、先輩」

「びっくりしました……」

「研究職じゃなく戦闘員になるべきだろう、あれは。配属ミスじゃないのか?」

「一年前までは戦闘員だったんだよ」

そう言うと、春見は秋津の背中を一瞥し、目を細める。

そして、ことさらに声を潜めて喋り出した。

「対人戦中、異世界の兵士に戦闘フィールドの外に叩き出されたんだ。戻る前に兵士が追っかけてきたから、フィールド外で交戦せざるを得なくなったらしい」

「……それって、秋津…さんのオドは」

「ああ、だいぶ消費された。対戦相手自体はなんとか倒したらしいが、戦闘員は厳しいってことで除隊になったんだよ。副司令とかは『ハウンドドッグ』自体辞めるべきだって提言したけど、本人の希望で研究職に異動になったわけだ」

「だから秋津さんの強さがわからなかったのかな……。失礼になるから気をつけないと」

「……?」

ナツキの口から零れた言葉に、一瞬だけ違和感を覚える。

けれど違和感の正体を掴むことはできず、それは吐き出した煙草の煙に混ざって霧散した。

「有名な話だから教えたけど、秋津先輩にはこの話振るなよ。一応気にしてるからな」

「わかってる。……本人に聞く前に知れてよかった」

思わずといった風に安堵の息をついてから、イヴェルの視線が秋津に向く。異世界の人間として思うところは当然あり、されどそれは簡単に口にしていいことでもなかった。

先ほどのオドの話を思い返すと、複雑な心地はいっそう強まる。

「そういえば、春見さんは元C隊……三番目に強い隊の人だったんですよね?」

「…………そうだけど」

押し黙ったイヴェルを気遣わしげに見ていたナツキは、話の流れを変えようと春見に話を振る。

急な飛び火に思わず顔を顰めたが、ナツキの意図を察して仕方なく質問に応じた。

「春見さんと秋津さんだとどっちが強いんですか?」

「秋津先輩。俺あの人に教導してもらったことあるし、何より元A隊だしな」

「A隊って言うと、私達を迎えにきた……一番強い隊ですよね?」

「ああ。っても今の隊長以外は入れ替わってるから、強いのベクトルがちょっと違うけど」

頬を緩めながら、春見はまた目を細めた。

先ほどのどこか痛ましげだったものと違い、今度のそれは昔を懐かしむような仕草だった。優しげな中に哀愁を感じ取り、二人は揃って口を噤んでしまう。

「今の隊長が先輩に懐いてるから、それもあって俺にも敬語使ってくれるんだよな。そのせいで隊員の一人にめっちゃ嫌われてるけどな!」

もっとも、その雰囲気は春見自身によって呆気なく霧散したが。

「そういえば睨まれてたな……」

険しい眼差しで春見を睨み、春見が去った後でも不満を口にしていた少女のことを思い出し、納得の表情を浮かべるイヴェル。それとは対照的に、ナツキは怪訝そうに首を傾げた。

「なんでそれが春見さんを嫌う理由になるんですか?」

「なんでって、そりゃあ自分んとこの隊長や前任者が、隊も組まずにフリーやってる隊員に構ってるのを見ても良い気はしないだろ」

「あの子より春見さんの方が強そうなのに。変なの」

「なんでお前は春見さんをそう過大評価するんだよ。……強いっていのはそれこそ、秋津先輩みたいな人のことを言うんだ」

煙草の煙を吐き出しながら、春見がぽつりと零す。

「逃げることもできたんだ。それでもあの人は恐れずに立ち向かった。だから戦線を退いた今でも、秋津先輩を尊敬する隊員は多い。俺なんかとは大違いだ」

そう喋る春見の目は、ここではないどこかを見ているように焦点が合っていない。

空虚。そんな言葉が似合う表情で、煙草を咥え直す。

「だから、俺が先輩や隊長と親しくしてるのが気に食わないんだよ。俺は――」

そこまで言って、さすがに言い過ぎたと言わんばかりの顔で口を閉じた。

「俺は?」

「人が仕事してる間になーに楽しそうに話してんの?」

続きを言及する前に、会話を聞きつけた秋津がひょっこりとドアから顔を覗かせた。

作業は終わったのか真面目な雰囲気は消え失せ、模擬戦前までのそれに戻っている。そんな秋津を見て、これ幸いとばかりに春見は話の矛先を秋津に向けた。

「先輩のせいで俺が甘池に嫌われてるって話をしてました」

「あいつ面食いだからなー」

「遠回しに俺の顔をディスるのやめません?」

「まあ半分くらい冗談として」

「もう半分も冗談にしてもらえませんかね」

「甘池は河野の顔も私の顔も大好きだからなあ」

「元同輩なんだからもっとオブラートに包めよ!」

二人が話し始めると続きを聞ける雰囲気ではすっかりなくなり、ナツキは話を逸らそうとした春見の意思を尊重することにした。

(……見計らってた?)

割り込むタイミングの絶妙さに、イヴェルはついそんなことを考えながら秋津を見やる。

イヴェルの視線に気づいた秋津が浮かべた笑みがまた意味深で、その考えはより強くなった。

「あ、そうそう」

ひとしきり春見と話したところで、思い出したように秋津は話題を変える。

「二人の『人造神器』の案がざっくり浮かんだから、製造班の人を呼んできてもらえる?どっちも相談必須のトリッキーな構造になると思うし」

「まーた無茶な図案を引こうとする……」

「なーに、うちの優秀な製造班ならこれくらいいけるいける」

秋津の言葉に呆れた顔を浮かべつつ、台の傍から離れようとする。それについていこうと起き上がろうとしたイヴェルとナツキを、そっと手で制した。

「お前らはここで待ってな。その間、先輩にどういう武器がいいかも言っとけ」

そう言って、秋津の脇を通って部屋を出て行こうとする。

だが、その前に秋津が春見の肩を引き寄せた。

「面倒見てやったんだから今度奢れよー」

「これ先輩の通常業務じゃないっすか」

「細かいことは気にすんなよ」

「俺の懐が寂しくなるから細かくない」

「ケチだなー」

「ケチで結構!」

声を張り上げて、肩にまとわりついてくる秋津を引き剥がす。

「んじゃ、行ってくるわ。そんな時間かからないと思うからどっか行くなよ」

そして今度こそ、春見は第五技術室を後にした。

部屋に残されたイヴェルとナツキは、思わず顔を見合わせる。先ほど仮想現実で叩きのめされたこともあり、どう秋津に話しかければいいかを考えあぐねていた。

「んじゃま、春見が戻ってくる前にすり合わせしとくかね」

二人の心情を読み取ったように、くるりと向き直った秋津が口を開く。

その呼びかけに促されるまま立ちあがったところで、不意に距離を詰められた。端整な顔が間近に迫り、二人は揃って息を呑む。

しばらくジッと見つめた後、小さな溜息をついた。

「上から話は聞いたよ。わけありの再結成なんだってな、春見は一言も言わなかったけど」

「……ああ。こっちの事情で、巻き込んでる」

「あいつが承知の上で巻き込まれてるなら、私が口出しすることじゃない。……けど、巻き込んだ以上責任はちゃんととるんだぞ」

言いながら、近づけていた顔を離す。

そして、おもむろに手を近づけるとイヴェルとナツキにそれぞれデコピンをした。

乾いた音とともに、想像以上の痛みが額に走る。少し赤くなった額を撫でさすりながら、二人は揃って首を傾げた。

「……責任」

「です、か」

「不器用で頑固者なお人好しを、ダメにしないこと」

そう言って、目を細める。

優しさと痛ましさが入り交じった、先ほどの春見を思わせる表情。それに何と言っていいかわからず、ただ静かに首を縦に振るしかできなかった。


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