第2話:初陣準備-2




食事が終わった後、三人は『ハウンドドッグ』の本部に足を運んだ。

道中、ナツキの白髪があまりにも人目を引くため安売り衣料店に駆け込み、購入した帽子を被らせるという経緯があったのだが、それは割愛する。

「ついたぞ」

後ろからついてくる二人にそう言いながら、春見は第五技術室とプレートに書かれた部屋の前で立ち止まった。

「技術室?」

安物のキャスケットに白髪を押し込んだナツキが、プレートを見上げながら首を傾げる。隣を歩くイヴェルも、少し不思議そうな顔でプレートと春見を交互に見た。

『人造神器』を見繕うということで連れてこられたため、もっと物々しい場所を二人は想像していた。技術室、それも第五とナンバリングされた部屋はそのイメージから外れており、自然と首が傾いでしまう。

「まずはどういうのにするか、図面を引く技術班と話し合うんだよ」

そんな二人の疑問に答えながら、春見はインターホンを押す。

少し間が空いた後、スピーカーから声が聞こえた。

『へーい?』

「秋津先輩、春見です。新しい隊員の件で来ました」

『おー、来たか。今開けるからしばし待て』

間延びした声と共に、ドアが開く。

そこから部屋に入ろうとした直前、春見は後ろで待機していた二人を振り返る。

「今から会う奴、変人だけどあんま気にすんなよ」

「へん」

「じん」

「先輩様に向かって変人とは失礼だなあ、春見」

「事実じゃないっすか」

そんなやりとりを経て、三人は第五技術室に足を踏み入れた。

まず感じるのは、部屋中に漂っている甘い煙草の匂い。

中は広く、あちらこちらに機材やら異界兵のパーツやらが置かれている。雑多が過ぎて散らかっていると感じる部屋の中央に、白衣を羽織った女性がけだるげに座っていた。

煙草を咥えた面立ちは、目が覚めるほど端整だ。眠たげな表情やだらしなく背もたれに寄りかかっている姿といった本来なら減点対象になる要素も、怠惰な色香を醸し出すピースとして加算されるほどである。

思わぬ美女を前に、イヴェルとナツキは思わず呆けたように見惚れた。

そんな反応にも慣れたとばかりに、女性は椅子から立ち上がって片手を上げる。

「やあやあやあ、お前らが春見んとこに新しく入ったっていう新人か。私は秋津イチカ。気安くあっきーとかいっちーとか呼んでもいいぞ」

「えっ」

「は、はあ…」

「初対面に変な絡み方しないでください」

「失敬な、私は緊張している新人達を和ませようとだな」

「いや明らかに戸惑ってるでしょ」

秋津と名乗った女性に呆れ顔を浮かべてから、春見は二人に顔を向けた。

「顔面偏差値えぐいけど中身こういう人だから。まあ気楽にしとけ」

「そうそう。リラックスしろよルーキーズ」

「……」

「……」

反応には困ったが、そのやりとりを見てとりあえず脱力したイヴェルとナツキだった。

そんな二人を気にした風もなく秋津は椅子に座り直し、三人にも適当に座るよう手で促す。パイプ椅子が二脚あったのでそれはイヴェルとナツキが使うことになり、春見は適当な機材の上に腰をかけた。

「ところで、どっちがナツキでどっちがイヴェル?」

「えっと、私がナツキで」

「俺がイヴェルだが」

問いかけに応じて、戸惑いながらもそれぞれ名乗る。

二人の顔を交互に見た後、秋津は感心したように顎をさすった。

「いやあ、お前らやばいな」

「えっ、えっ?」

「特に少年はほんとやばい。こんなにやばいの初めて見たかも」

「…?」

「秋津先輩、説明しないとわかんないですって。俺もわかんないから」

主語を入れずに話し始める秋津に、またも呆れた顔で春見が口を挟む。

「お前説明してないの?」

「新人連れてくるって言ったら、説明は専門家に任せろって言ったの先輩じゃないっすか」

「あー、そうだっけ?今朝の私、無責任だな」

「自分の発言を忘れてる方が無責任なんで。早く『人造神器』の話してください」

「へいへい」

やる気ない返事をしながら、秋津はデスクの上に手を伸ばす。そこに置かれていた伊達眼鏡を身につけると、わざとらしく眼鏡をくいっと持ち上げた。

「『人造神器』は『模造兵装』をベースに、使い手に合わせてオーダーメイドした武器のこと。『模造兵装』との決定的な違いは、個性豊かな能力を使う動力にオドっていう生体エネルギーを使っていることだな」

話をしながら椅子ごと移動し、無造作に置かれているホワイトボードにペンを走らせる。

真ん中に大きく「オド」と書き、その周囲に角張った文字で「HPやMPに準拠」「個人差あり」「使いすぎるとやばい」といった文章が書き込まれていく。

「研究はしてるけど不明な点が山のようにあるから、数百年前にドイツの科学者が提唱した未知の自然エネルギーから名前をとってオドって仮称がつけられてる」

「HPとMPってなんだ?」

「えっ」

「あー、こいつゲームとかあまりなじみがなくて」

慌ててフォローを入れれば、希少種を見るような目がイヴェルに向けられる。しかしそれで納得はしたようで、特に言及することもなく秋津は話を再開する。

「HPとMPってのはざっくり言うと生命力と精神力なんだけど、そういうのがエネルギーとして計測・観察可能になったのがオド。個人ごとに変換率みたいなもんがあるからまるっとは使えないんだが、心身ともにタフな奴は大体オドが多い」

「……ああ、クルのことか」

思い当たるものがあったのか、イヴェルがぽつりと呟く。

「クル?」

「……あ、いや、えっと」

聞き返されるとハッとした顔になり、首を振って言葉を濁す。

こちらは気になったらしく、秋津はジッと見つめることで先を促そうとする。イヴェルは己の失言をどう言い繕うか悩んだ後、口を開いた。

「俺の国では、そう呼ばれていたんだ」

「そういや名前的に海外の人か。『ハウンドドッグ』以外でもオド使ってるとこあるんだな」

「いや、使ってるわけじゃない。……というかよく使ってるな。エネルギー効率は確かに高いが抽出も混合も不可、消耗は命に係わるのに消費と精製速度見合わないとあって、こっちだとかなり早い段階で見切りがつけられたぞ」

異世界での事情を思い出しながら、言葉を選びつつ疑問を口にする。

イヴェルの疑問に、なんだそんなことかと言わんばかりに秋津は答えを返した。

「戦闘フィールドの中なら、戦争(ゲーム)が終われば使った分が返ってくるだろう?」

「――――」

その言い分に、イヴェルは思わずぽかんとなった。

戦闘フィールドは、その内側で起こったできごとを展開時まで巻き戻す力がある。それにより負傷や死亡さえもリセットされるのが、戦争ゲームがゲームと呼ばれる所以だ。異世界もその特性を利用してはいるが、命の燃焼まで加味する発想はなかった。

春見に視線を向ければ、一瞬複雑そうな顔はしたものの、特に動揺した様子はない。

異世界との彼我の差を覆すために古世界がとっている手段を改めて認識し、これを――個人によって意識の差はあるのだろうが――浸透させた前園司令のことを考えると、ぞっとするものがあった。

同時に、十四才の少年の心に躊躇いが芽生える。

「ま、無理に『人造神器』を使う必要はない。実際『模造兵装』だけで戦ってる隊員は多いからそれでも大丈夫だぞ、少年」

それを察したのだろう。唇から紫煙を零しながら、秋津は穏やかな声で言う。

呼ばれなかったナツキの顔を窺えば、視線に気づいた少女はきょとんとする。そこに今までの話で動揺した様子は見られず、それがイヴェルの胸をツキンと刺した。

「私は慣れてるから大丈夫だよ、イヴェル」

「……」

複雑そうな顔色を浮かべたのに気づき、安心させるようにナツキは微笑む。

その微笑みを見て、躊躇いが摘み取られる。問題ないとばかりに秋津の方へと向き直った。

「で、だ」

そんなイヴェルを満足げに見ながら、椅子ごと移動した秋津がナツキの肩を抱き寄せた。

急な接触にびくりと華奢な両肩が跳ねるが、秋津は気にせず話を続ける。

「上からもらった検査結果によると、こっちの少女はオドの変換率がかなり高くて、そっちの少年は変換率がやばいくらい低い。例えるなら、少女は放水車レベルなんだけど少年は子供用のじょうろくらい」

「格差えげつないな……」

「いやだってほんと少ないし。過去最低値だと思う」

「マジすか」

変転した雰囲気に、イヴェルは別の意味で呆気にとられる。

ふと、一つの疑問が脳裏をよぎった。

「……もしかすると、俺はそもそも『人造神器』を使えないのでは?」

「ゼロってわけじゃないから大丈夫だとは思うけど、普通にやったらろくな威力にならなさそうだから戦い方は考えないといけないだろうな」

「そうか……」

現実を容赦なく突きつけられ、イヴェルの肩が力なく下がる。

「大丈夫、イヴェルが戦えない時はその分まで私が戦うから」

「……」

(追い打ち……)

(善意な分きっついな……)

それを励まそうとナツキが声をかけたが、フォローになっていないのは傍から見ても明らかだった。その証拠にイヴェルの背中から漂う哀愁が色濃くなる。

こほんと秋津が咳払いをし、視線を自身に集めた。

「細かい性能はあとで詰めるとして、まずは基本のフォルムを決めるかね。二人は使いたい武器とかある?」

「私は、特にこだわりとかないかな。大型の得物を使うのが多かったってくらい」

「……訓練は剣術が中心だったから、その系統だと助かる」

「ふむふむ。それじゃあ少女は色んな武器のローテーション、少年は西洋剣と刀を交互に使う感じでいっちょ模擬戦してみようかね」

ホワイトボードを裏返し、何も書かれていない面に武器の名称を列挙していく。

その間に春見が立ち上がり、壁に備え付けられている操作盤をいじる。ボタンをいくつか押せば操作盤の横にあった扉が開き、寝台を思わせる台が四つ並ぶ部屋が顔を覗かせた。

「……そこで戦うんです?」

「そうだよ。正確には、ここに寝てもらって仮想現実に入ってもらう感じになるが」

「かそーげんじつ」

「コンピューターで作った現実のコピーみたいなもんだよ。訓練で死傷者出すわけにもいかないし、異世界みたいに戦闘フィールド作れる技術はまだないからな。サイバースペースに意識だけ送ってそこで戦闘訓練をするんだ」

「なるほど、合理的だ」

「まずはオドを消費するとどういう感じになるかを体験してもらいたいから、切れ味や破壊力を上げるお手軽タイプを試してもらうとするかね」

早く寝た寝たと促され、二人は素直に台の方へと向かう。

横になったところで春見がすかさずコードがついたリストバンドを手首に、同じくコードがついたヘッドセットをそれぞれ二人に装着させた。大人しくされるがままのイヴェルとナツキを見て思わず頭に手を置いてから、自分の動作に気づいてそそくさと離れる。

「試す武器はこんなもんかね。春見、適当なタイミングで武器設定いじっといて」

「へいへい」

そんなやりとりをしてから、秋津が台の方へと歩み寄る。そして、サイドテーブルの灰皿に煙草を押しつけてから、手慣れた様子で自分にリストバンドとヘッドセットを装着する。そしてそのまま台の上に横になった。

「……アキツもやるのか?」

「モニター越しで見るより、主観視点で見た方がアドバイスもしやすいからな。とりあえず二人がかりでかかってきていいぞ」

さらりとそんなことを言われて、二人は困惑したように春見に視線を向ける。二人の目から見て秋津は明らかに非戦闘員で、二人がかりで倒していい存在に見えなかった。

そんな心境を察し、気にしなくていいぞと春見は苦笑した。

「こっちの武器使い慣れてないお前らだと、先輩には勝てないだろうしな」


一時間後。

仮想現実の空の下、二人は春見の言葉を痛感することになる。


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