第2話:初陣準備-1
「えーっと、確かここらへんのはず……」
脱色した頭を掻きながら、春見は建物の通路を歩いていた。
彼が今いるのは、他県や他国から来ている隊員のために用意された宿泊施設だ。イヴェルもナツキも住む場所がないため、ここに住むことになった。
春見は知人にこの施設を利用している者がいないため、少し迷いながら目的地を目指す。
歩くたび、片手から提げたビニール袋が音を立てた。
(五階の角部屋…角部屋……つかあいつら、同じ部屋に住んでるってマジかよ)
部屋にそこまで余裕がないため二人で一部屋を当てられたというが、年頃の男女を同じ部屋に放り込むというのはいかがなものかと思う春見である。
そんなことを考えているうちに、イヴェル達にあてがわれた部屋の前に辿り着いた。
「あん?」
インターホンを鳴らすが、反応はない。
時間指定こそしなかったものの、午前中に訪問することは前日伝えてある。端末で時刻を確認すれば、十時を過ぎたところだった。
(まだ寝てんのかな)
時間的にありえなくはないと思いながら、何気なくドアノブに手を伸ばす。音を立てるために掴んだそれは、予想に反してがちゃりと手応えなく回った。
そのまま手を引けば、抵抗なくドアが開く。廊下すらないワンルームが目の前に広がり、人の大きさにシーツが盛り上がったベッドが視界に入った。
春見は黙って中に入り、深呼吸をする。
「……不用心!!」
「ふぁっ?」
後ろ手で勢いよくドアを閉めながら叫べば、ベッドからソプラノアルトが聞こえた。
そのままシーツが持ち上がり、寝ぼけ眼のナツキが姿を見せる。
「――――」
何も身につけていない、生まれたままの姿が春見の眼前に晒された。
「ナツキ。声が聞こえたけど、カスミが……」
洗面脱衣室のドアが開き、十字架のペンダントと下着だけを身につけたイヴェルが顔を出す。
そして、シーツを羽織った状態で正座させられているナツキと、その前で仁王立ちしている春見を見て怪訝そうな顔になった。
「……二人とも、何してるんだ?」
「なんか怒られた……」
「お前もここに座れ!まとめて説教してやる!」
それから十分近く、春見は異世界から来た二人に部屋に鍵をかけることと、寝る時は服を着ろということを怒声混じりに言い聞かせた。
「そういやお前ら、昨日左近副司令からどこまで説明された?」
ビニール袋からおにぎりやパン、飲み物を取り出しながら、二人に話を振る。正座で痺れた足をどうにか動かして椅子に座ったイヴェルとナツキは、顔を見合わせてから答えた。
「掃討戦と対人戦の概要は聞いたな」
「あと、武器は『模造兵装(レプリカ)』のことを教えてもらいました」
「オッケーオッケー。『模造兵装』は大量生産武器だから補足することもないし、『人造神器(オーダーメイド)』はあとで話すとして。ひとまず戦争ゲームについて飯食いながら簡単におさらいするぞ」
そう言って、クリームパンの封を開ける。
口に運ぼうとして、二人が手をつける様子がないのに気づく。
「あ、食べていいぞ。お前らの分も買ってきたし」
「……上官と一緒に食べてもいいんですか?」
「現代日本なんだから一緒に食べてもいいに決まってんだろ!」
「これはどうやって開ければいいんだ?」
「おにぎりは今開け方教えるから見てろ!」
クリームパンをナツキに押しつけ、イヴェルにはおにぎりの開け方を教える。
手に持ったものを一口食べた二人が表情を輝かせるのに溜息をつきながら、アンパンに手を伸ばした。大きく口を開けて齧りついてから、説明を始める。
「まず、俺達が十勝しないといけない対人戦。異世界の人間を相手に一組のチームが戦うゲームなんだが、まあこいつらがクソ強いので勝率は高くない。向こうの勝利条件はこっちの全滅だから、勝ちの目が消えたら時間いっぱい逃げ回って引き分けにするのが定石だ」
「十勝って、そんなにハードル高いんですか?」
「一番強いA隊でも引き分けの方が多いし、まずやる回数自体少ないからな」
目標に達するためには、最速でも年はかかるだろう。少なくとも春見はそう見ている。
始まる前から荷がいっそう重くなるのを感じつつ、サンドイッチに手を伸ばす。
「その対人戦に参加するには、掃討戦の勝ち星を上げないといけないんだったな?」
おにぎりを食べ終わったイヴェルが口を開く。
ツナマヨがお気に召したのか、視線が同じものを探している。ツナマヨは一つしか買っていなかったので、同じマヨネーズ味のエビマヨを渡した。
一口食べて、また顔が輝く。餌付けしている気分になりながら、先ほどの質問に返事をする。
「相手が強い以上、対人戦に出るチームも相応に実力がないといけないからな。掃討戦の勝ち星だけで決まるわけじゃないが、ウエイトは大きい」
「なるほど。理にかなっている」
「……口元に米粒をつけて喋るな」
真面目な顔とのギャップに耐えきれず、つい話の腰を折る。
イヴェルが自分で取るよりも、ナツキが手を伸ばしてそれをつまむ方が早かった。
一見するとバカップルの仕草だが、ナツキから世話を焼きたいというオーラが漂っているので甘ったるさは感じられない。どちらかといえば、少し前までクリームパンを嬉しそうに口いっぱい頬張っていたのに世話を焼こうとするナツキへの微笑ましさの方が強かった。
そこでふと昨日から感じていた疑問が脳裏をよぎったが、話の腰をさらに折るのも悪い。いったん脇に置いて、話を続けることを優先する。
「掃討戦は、制限時間内に異界兵を全滅させることが勝利条件。素早く敵を見つける索敵能力と迅速に敵を撃破する戦闘能力が大事で、それは対人戦にも通じるしな」
「うまくできてますね。確かこれ、前園さんが異世界側に提案したんですよね?」
「ああ。技術力に大きな彼我があると言うなら、こちらの条件を呑んで少しでもゲームを公平にすべきではないのかって使者をやりこめたらしい。戦場の決定権はあっちにやったけど、代わりに二十四時間の準備期間を要求したりとか。ほんと凄いもんだよ」
その時には二つの世界が対等ではないことを前園は知っていたはずだ。それを承知で公平という言葉を持ち出し、相手の建前を利用する腹芸に感嘆する。
これによって巻き込まれる民間人は激減し、隊員の練度も上がった。掃討戦ではなく対人戦をやらせろという声は消えないが、それ以外は概ね問題なく回っている。
「俺は実戦経験がないから、掃討戦の存在はありがたいな。経験を積める」
「ないのか、意外だな」
「まだ戦争ゲームに出ていい年齢じゃなかったからな。訓練は十分に積んでるし、アルムについて造詣はあるから足手まといにはならないと思うが」
「……気になってたんだけど、お前らって年いくつなの?」
春見より背丈が高いためイヴェルの方が年上だと思っていたのだが、誰に対しても対等な口調で喋るイヴェルと目上には敬語で接するナツキを鑑みると、もしかして逆なのかという気持ちになってくる。
「正確な年齢じゃないですけど、確か十七才です」
「俺は十四才だ」
「十四!?」
想像より低い年齢を答えられ、思わず声が裏返った。
「ナツキはわかるけど、えっ、お前十四才なの!?その背とツラで!?」
「……悪かったな、老け顔で」
拗ねたように顔を逸らしながら十字架のペンダントをいじる仕草は確かに幼く、十四才に見えなくもない。三才も年が下なら世話を焼きたくもなるだろうと変に納得しつつ、二つ目のサンドイッチの包装を剥がし、そこからタマゴサンドをイヴェルに渡した。
余ったハムサンドを咥えて、フルーツサンドを手にとる。同じように包装を剥がした後、クリームパンを食べ終えてからずっとフルーツサンドを見ていたナツキに押しつけた。
受け取ったものを、二人は嬉しそうに食べている。
その様子は子供そのもので、春見は複雑な心地になりながらハムサンドを咀嚼した。
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