第1話:邂逅-2



「はじめまして、隣り合った世界の人々(ストレンジャー)。これから貴方達には、私達の戦争ゲームにお付き合いしていただきます」

世界各国の主要都市に巨大な立方体が現れ、そう告げてきたのが五年前のことだ。

困惑する要人達を後目に、各地にドーム状の薄い膜が張られ、その中で怪物が暴れ始めた。

各国が軍隊を向かわせるも、それらは怪物の手によってことごとく轟沈させられた。何体か倒すことはできたが、費やした犠牲を考えると素直に戦果とは言い難い。

怪物による蹂躙は三日続き、人類史上未曽有の絶望と衝撃を世界中に与えた。

その絶望が始まりにすぎなかったことを知ったのは、破壊が終わった後。

後に戦闘フィールドと呼ばれる薄い膜が消えると同時に怪物も姿を消し、破壊された建物、殺された人々も元通りになった。奇怪な現象を前に目を丸くする人類を前に、再びメッセンジャーは姿を現した。

「初めての戦争ゲーム、お疲れ様でした」

「どうやら、我々とこの世界の技術力には大きな彼我があるようです」

「今回のゲームの取り分は半分とし、次回からルールを変更いたしましょう」

最初に現れた時と同じく、一方的なメッセージ。

取り分として怪物の蹂躙で死んだ人間の半分を奪われた人類は、異世界からの侵略行為(ゲーム)に抗うことを余儀なくされた。

そして、現在。




「はぁぁぁ……」

戦争ゲームに参加し、異世界が差し向ける怪物・異界兵と戦う『ハウンドドッグ』本部。

その通路を、フリー隊員である春見透也は重苦しい溜息をつきながら歩いていた。

鬱々としたオーラを出しながら進む先は、司令室。すなわち組織のトップがいる部屋だ。

今朝方連絡用端末で足を運ぶように指示があってからというもの、春見の心はずっと沈んでいた。沈みすぎていて、知人に「今日の先輩気持ち悪いっすね」と真顔で言われたほどだった。

『叱られるって決まったわけじゃないのに。何かやらかしたんすか?』

理由を説明した後に言われた正論である。

これに関してはノーコメントを貫いた。春見自身が問題行動を起こしたわけではないが、心当たりは嫌というほどあったからだ。

(間違いなくあいつら関係のことだよなあ……)

春見の脳裏に浮かぶのは、一週間前に出会った青年と少女。

一緒に連行されなかったのでその日のうちは気にしていなかったのだが、日が経つにつれて事の重大さがどんどん両肩にのしかかっていた。

何せあの二人は異世界人であり、加えて組織の頂点が直々かつ秘密裏に迎えに来るような人物である。どう考えても、平隊員が知っていていい存在ではない。そうでなくともスキャンダルが火種とガソリンを背負っているようなものだ。知っている人物は最小限にすべきだろう。

「言い触らしてないし、さすがに即口封じはない!……と信じたい!」

止めどなく浮かぶ嫌な予感を振り払い、足を進める。

遠回りしたくなる自分を叱咤していつものルートで司令室の前につくと、深呼吸してからインターホンを押した。

『誰かね』

「無所属の春見です。召喚に応じてやってきました」

『入りたまえ』

返答の後、ドアが開く。

喉を鳴らしてから司令室に入れば、広い室内に鎮座する円卓に座る司令官・前園と副司令の左近といった、見覚えのある姿がまず目に留まる。前園司令官は強面の男性、左近副司令は柔和な表情の女性だ。

そして、同じ円卓に一週間前出会った二人の異世界人も座っている。さすがに異世界人の服は着ておらず、『ハウンドドッグ』の隊服を身につけていた。

「春見さんっ」

「おー…」

春見を見ると、ナツキと呼ばれていた少女が嬉しそうに声を上げた。人懐っこい犬みたいだなと失礼な感想を抱きつつ、前園達に対して無礼にならない程度に反応を返す。

そのやりとりを見て、左近が微笑ましそうな表情を浮かべる。

「こほん。えーっと、それで。何の御用でしょうか、前園司令官」

それを視界に捉えると途端に気恥ずかしくなり、咳払いをして本題に入ろうとする。

微笑ましそうな左近とは対照的に強面を崩さない前園は、異世界人達の方を一瞥してから口を開いた。

「まずは確認だが、この二人についてはどこまで知っている?」

「異世界人…ですよね?」

「そうだ。厳密に言うなら、異世界人はイヴェル・ミランダだけだが」

「えっ、じゃあこっちの…ナツキの方は?」

「彼女は元々こちらの住人だ。異世界人にさらわれ、兵士として運用されていたらしい」

「……」

信じられないという思いで、少女――ナツキを見る。

戦果として取り返した人々は記憶処理がされるため、奪われた人間がどういう扱いを受けているのか正しく知る術はない。だが、こんな少女を兵士として使っている事実は春見には受け入れがたいものだった。『ハウンドドッグ』の精鋭部隊に引けを取らない強さと、我を忘れて味方に襲いかかっていた場面を思い返してしまうと、余計にその思いは強くなる。

「とはいえ、ナツキ少女は今の本題ではない。彼女はあくまでも、イヴェル・ミランダが連れてきた同行者だ。話を戻そう」

「……はい」

春見の意識が散っていることを察した前園が静かな声で促す。釈然としないままだったが、了承するように頷いて続きを待った。

「これは『ハウンドドッグ』でも一握りの人間しか知らない事実だが、様々な思惑や思想をもって戦争ゲーム以外で我々に干渉してくる異世界人は何人かいる。イヴェル・ミランダの姉、ブラーシュ・ミランダもその一人だ」

「アルム――こちらでは異界兵と呼ばれている兵器の体を使って量産された『模造兵装(レプリカ)』に、俺達の世界の技術とこちらで確立された理論で構築された『人造神器』。0から造られたわけじゃないとはいえ、これらをたった数年で実用レベルにした古世界の技術力を姉さんは高く評価していた」

「前も使ってたけど、ヴィユってなんだよ」

「俺達の世界で使われている、こちらの世界の呼称だ」

「ああ…。じゃあラムってのもそうなのか」

「……」

(あ、あれ?)

ラム。その単語を口にした時、前園と左近の雰囲気が変わった。

春見としては意味がわからなくて引っかかっていた言葉を何気なく口にしただけなので、組織のトップから威圧感が漂ってくるのは予想外だった。

内心冷や汗を流していると、前園が小さく咳払いをした。

「……口惜しいが、我々はあまりにも異世界に関する知識が足りない。異世界の協力者という存在を、敵愾心や憎悪で切って捨てるのは長い目で見て愚策だ」

「人々の心象を考えると公にはできませんが、我々『ハウンドドッグ』は結成当時から友好的な異世界人とコンタクトをとり、協力しあっています。ここまではいいですね?」

「は、はい」

何事もなかったかのように話を続ける司令官達に困惑しつつ、首肯を返す。

「じゃあイヴェルは、協力者っていう姉の遣いか何か――」

途中まで言いかけ、言葉を飲み込む。

異世界にいる協力者の使者なら、捕虜の兵士(ナツキ)が同行しているのはおかしいからだ。

「姉さんは、半年前にこちらへ行ったきり音信不通になった」

「……」

「俺は最初、古世界の連中が姉さんを拘束したと思ったんだが」

「我々も、ブラーシュ・ミランダからの定期連絡が途絶えたので困惑していた。そんな折、イヴェル・ミランダがこちらにコンタクトをとってきたというわけだ」

「司令官は、そのブラーシュって人の居所に心当たりが?」

「断定はできないが、ある。……左近」

「はい」

話を振られた左近が、手元に置いていた資料を持ち上げる。

「半年前に行われた掃討戦で、K隊から民間人が戦闘に巻き込まれたという報告が上がっています。隊員から聴取した民間人の特徴と、ブラーシュさんの身体的特徴が一致していますね」

「……その掃討戦、確か負けたやつじゃ」

「ええ。なのでこの民間人がブラーシュさんだった場合、「取り分」として異世界に奪われた可能性が高いです」

「異世界から異世界に来て異世界にさらわれたのか……。って、それならわざわざこっちに来なくても、自分の世界で探せばいいんじゃないのか?」

「それはできない」

若干脱力しながらイヴェルに話を振れば、はっきりとした否が返ってきた。

思わず怪訝な顔を浮かべる。イヴェルは前園に目配せをしてから、喋り始めた。

「俺はノール出身だ。だが、その時戦ったのはおそらくエスト。今は和平条約も結ばれていないし、国に掛け合って交渉してもらうにも姉さんが勝手に古世界に行ったことがばれてしまうからできない」

「……ん?ってことはお前ら、そっちの世界でも国同士で戦争してんの?それなのに、わざわざこっちの世界にまでちょっかい出してきてんのか」

「ちょっかい、は少し語弊がある」

もう一度、イヴェルが前園に目配せをする。

視線を受けて、今度は少し考えるように前園は瞑目する。わずかな間の後、目を開いた前園は続きを促すようにイヴェルへ首肯して見せた。

「俺の世界は、あくまで古世界を他国との戦争ゲームの盤上にしているだけだ」

「……は?」

「最初から対等じゃない。古世界を使った戦争ゲームの戦歴で勝敗を決めて、物資や人材のやりとりをしている。だから『戦争』ゲームなのに、こっちではその時死んだ奴しか「取り分」としてカウントしないんだ」

「……」

無意識のうちに、拳が強く握られた。

衝動に任せてイヴェルに殴りかからなかったのは、イヴェル自身が居た堪れない表情で話をしていたのと、ナツキがそんなイヴェルを気遣うように見ていたからだろう。そうでなければ、唐突に教えられた理不尽に対する憤りを彼に向けていたに違いない。

そんな春見から目を逸らし、首から下げている十字架のペンダントを触りながら話を続ける。

「それでも、勝者が欲しいもの、取り返したいものを要求できるルールは古世界の戦争ゲームだろうが変わらない。俺はこのルールを使って、姉さんをエストから取り返したい。それが、俺がこちらに来た理由だ」

「……これらの前提を踏まえた上で。春見、お前を呼び出した本題に移ろう」

「……はい」

わだかまりを押し殺して、頷く。既に許容量は限界に近いが、どんな理不尽を重ねられても飲み込もうという決意を込めて。

だが。


「春見透也。お前には隊長としてこの二人を率い、対人戦を十勝してもらう」

「……………………は!?」

その決意は、数秒で決壊した。


「俺が!?隊長!?こいつらの!?対人戦十勝!?」

「春見くん落ち着いて」

「いや無理ですよ!なんだってそんな話になるんですか!?」

「戦果の指名権は貴重。それを得たいと言うなら、対価として相応の働きをしてもらうのが筋だ。戦力テストの結果はどちらも合格ライン、ナツキ少女に至っては精鋭部隊と遜色が無い。とはいえ、この二人でチームを組ませるわけにはいかないからな」

「一週間前の掃討戦に参加していたI隊が二人の存在を認識していたら話も違ってくるんですが、彼らは交戦中だったのでイヴェルくん達のマーカーを認知していません。二人のことを知っているのは、上層部とA隊を除けば、春見くん貴方だけになります」

声を荒げて異を唱えるが、反論は想定内とばかりに正論を返された。

どうしてマーカーを見つけた時点で報告していなかったんだと。一週間前の自分に難癖をつけながら、それでも諦めきれずに食い下がる。

「で、ですが俺より適任がいるでしょう?それこそA隊とか……」

「A隊はA隊の仕事がある。それに、適任というならお前ほど相応しい人材もいない。そうだろう、元C隊隊長春見透也」

「それ、は」

口を噤み、思わず目を逸らす。

春見の様子にイヴェルとナツキは怪訝そうな顔をしたが、それに疑問を発するより早く前園の咳払いが響いた。

「本来ならお前の意思を尊重したいところだが、お前以上の適任がいないのは事実だ。引き受けてもらうぞ、春見」

「……俺の手に余る案件と判断したら下りさせていただきます。そこは譲れません」

「わかった」

「はー…」

深い溜め息をつきながら、脱色した頭をがしがしと掻く。無作法だとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

「カスミ、巻き込んですまない」

「本当だよ……」

「春見さん、ごめんね」

「やめろ。お前にガチトーンで謝られると嫌がってるのが申し訳なくなるだろ」

もう一度溜息をつき、煙草に手を伸ばしかける。

さすがにそちらは直前に手を引っ込め、代わりに反対側の頭を掻くに留めた。

「便宜上C隊を名乗ってもらうが、扱いとしてはF隊以下と変わらない。対人戦を行うにしてもまずは順当に手順をこなしてもらう」

「了解です」

「こっちで行われる戦争ゲームと、私達が使っている武器について説明するわ。イヴェルくんとナツキちゃんは、私と一緒に来てくれないかしら」

「わかった」

「はいっ」

左近に連れられ、二人は司令室を後にする。

「……じゃあ、俺もこれで」

「春見」

イヴェル達がいないのなら、春見も長居する理由はない。会釈と共に退室しようとしたところで、その背中に声がかけられた。

振り返れば、席を立った前園が窓際に向かっているのが見える。

背を向けられているため、その表情は杳として知れない。

「ラム、という言葉だが」

「……はい」

「異世界では、見世物という隠語として使われている」

「見世、物」

失言をしたと言いたげなイヴェルの顔と、前園達から感じた威圧感を思い出す。

イヴェルからは、こちらの世界を尊重しようという意思が窺えた。そんなイヴェルすら何気なく言ってしまった事実が、異世界でどれだけその呼称が普遍的なのかを知らしめる。

「それを知った時、私はこの組織に『ハウンドドッグ』という名を与えた。貴様らが見世物(ラム)と軽んじる我々こそが、異世界(ひつじ)を追い立てる猟犬なのだと吠えるために」

「……」

「だが、見境なく噛みついては猟犬ではなく駄犬だ。……春見。イヴェル・ミランダに提示した対人戦十勝という条件は、指名権以外の要求を加算している」

「指名権以外の?」

「ああ」

そこまで言ってから、前園が振り返る。

広い円卓を挟んでなお、その双眸に浮かぶ憎悪混じりのやるせなさはよくわかった。

「イヴェル・ミランダの要求は二つ。姉を取り戻すための指名権と、ナツキ少女の身元を調査した上で彼女が日常に戻れるよう手配することだ」

「……えっ?ナツキの身元、わからないんですか?」

「彼女は五年前の侵略(ゲーム)ではなく、それ以前に異世界に誘拐された特殊事例だ。五年前の被害者も完全に把握できていない中、それ以前となると特定は困難を極める。加えて、彼女は兵士として運用するために異世界の薬物が大量に投与されているらしい」

「薬物……」

告げられた単語に、なんともいえない心地になると同時に納得を得る。理性を飛ばしてイヴェルに襲いかかっていた様は、薬の副作用と言われるとしっくりきた。

「未知の代物だ。それを完全に抜くとなると、かかる費用も人手も計り知れない。それなら、兵士として使い潰す方が得策だ」

「それもどうかと思いますけど……」

「効率だけを求めるならの話だ。実際にそうするつもりはない。ここで注目すべきは、彼女をそう仕立て上げた国の人間がわざわざ元に戻そうとしていることだ」

「……理由は?」

「『例え違う世界の人間でも、あいつは俺の家族同然だ。家族が幸せになれるよう配慮するのは人として当然のことだろう』。……ということらしい」

「それは……」

うまくその先を言えず、口ごもる。気持ちを汲むように、前園が言葉を続けた。


「私は異世界が、異世界の住民が憎い。だが、イヴェル・ミランダの想いをその憎悪で無下にするのは、劣った世界の人間だからとこちらを不当に扱う者達と変わらない。残念なことにこの思考は理解され難いが、お前は数少ない共感者の一人だと私は見ている」

「……買いかぶりですよ。俺は司令官みたいに、高尚な人間じゃない」

「だが、異世界人というだけでイヴェルとナツキの両名を排斥しなかったのは事実だ」

静かな言葉に反論ができず、思わず苦々しい顔になる。

そんな春見に前園は一瞬だけ小さく笑みを浮かべた後、すぐにそれを消して告げた。

「改めて命じる。春見透也、お前はこれよりあの二人の先導、及び監視を行え。情を移すなとは言わないが、公平な目を保つように努めるように」

「……了解です」

「先ほどのことは他言しないよう頼まれている。胸中に留めておくように」

「俺に言うのはいいんですか?」

「あいつはこれをお前に伝えるとフェアではないと言っていたが、私からすればお前がこれを知らないことの方が公平とは言い難い」

「……了解。機会があったら本人と直接話してみます」

「それがいい」

「はー…」

がしがしと頭を掻きながら、また煙草に手をのばす。

今度は自制する間もなく吸ってしまったが、前園がそれを咎めることはなかった。

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