ラムドッグ!~見世物と軽んじる侵略者に、狗のように噛みつけ~

毒原春生

1部:C隊編

第1話:邂逅-1


そこは、一見すると何の変哲もない市街地だった。

最も目を引くデパートを中心に、雑居ビルやマンションが広がっている。都市部ではさほど珍しくもない景色だ。ありふれたとも言い換えられる。

そんな市街地の一角を、一人の青年が走っていた。

機動性を重視した軍服を着た彼の名は、春見透也。

「っ、はっ、はっ、はっ…!」

呼吸をスタッカートに刻み、脱色した髪を揺らしながらコンクリートジャングルを走る。そんな彼の背後には――蜘蛛を連想させる、トラックサイズの怪物が迫ってきていた。

何の変哲もないはずである市街地を、異常たらしめている元凶だ。

最たる異変に合わせるかのように人影はなく、人間と怪物の鬼ごっこが際立っていた。

《Gaaaaa!!》

「ぅおっと!」

春見が知るどんな生き物とも異なる声を上げながら、怪物は長い前肢を伸ばしてくる。

それを近くのビルの壁を蹴ってかわし、その勢いでさらに怪物との距離を稼ぐ。つい数秒まで自分がいた地面に突き刺さる鋭利な肢に顔を引き攣らせながら、懐からビー玉のような球体をいくつか取り出し、後方へと投擲した。

「『人造神器(オーダーメイド)』“グレイプニル”、起動!」

その言葉を口にすれば、球体の表面が水のように揺れ、そこから細い糸がいくつも射出される。

それは春見の手の動きに合わせて怪物めがけて飛んでいき、怪物の体に絡みつく。糸は地面にも突き刺さると、そのまま怪物の動きを拘束してしまった。

《Gu、Ooooo…!》

自らを縛るものを引き剥がさんと、怪物は身をよじらせる。だが、拘束は外れない。

苛立たしげに唸りながら、怪物がその動きを止める。それを確認してから、春見は両足に急ブレーキをかけて止まった。

足を止めると同時に、短剣を鞘から抜き払う。

そして、白銀に輝く刃を構えたまま怪物に向かって走り出した。

近づいてきた獲物に気づき、動けない怪物は口部から毒々しい色の液体を飛ばす。それは触れればひとたまりもない毒液だが、その行動を読んでいた春見はスライディングをして射角に入り込み、回避する。そのまま怪物の前肢の間をくぐり、体の下へと潜り込んだ。

(蜘蛛型の弱点は――腹柄!)

狙うは、前体と後体を繋ぐ細い節部。

高周波による振動で見た目以上の切れ味を誇る短剣は、目標を過たず切断する。そしてそこから飛び散る毒液に被弾しないよう、即座に体の下から出た。

《Ga、a、Aaaaaa……!!》

一際大きな声を上げながら、怪物の体がM字に折れる。しばらく断末魔のような声を上げた後、怪物はぴくりとも動かなくなった。

「……“グレイプニル”、解除」

安堵の息をつきながら言えば、怪物の体躯を拘束していた紐が球体に戻る。元の形に戻った球体は拾いに行くまでもなく春見の方へ飛んでいき、春見はそれを再び懐へと戻した。

「もしもし、春見です。徳島隊長、聞こえますか?」

イヤホンタイプの小型インカムを軽く叩いてスイッチを入れてから、呼びかける。

少し間を置いた後、男の声が返ってきた。

『こちらI隊徳島。どうした、春見』

「こっち側の異界兵仕留めました。次どこ行けばいいっすか?」

『東の方を頼む。敵影は確認できてないが、念のためな』

「うっす。了解です」

短いやりとりだけして、通信を切る。

もう一度息をつきながら短剣を鞘に収め、ポケットに手を突っ込んで煙草とライターを取り出す。パッケージに小さな星が散りばめられた銘柄に火をつけて一服した後、紫煙を連れて東の方へと足を向けた。

耳をすませば、反対側の方から銃声や咆哮といった交戦の音が聞こえてくる。

参戦した方がいい気もするが、あちらはチームで事に当たっている。下手に割って入っても連携の邪魔をしかねないと、お節介の気持ちを堪えて歩を進めた。

歩きながらレーダーを見る。大きさが一定以上の自律体を補足するそれは、春見が向かう方向には何の表示もしていない。

(西側が片付くまで暇になりそうだな)

そんなことを思いながらレーダーをしまおうとした直前。

「……ん!?」

何の表示もなかった進行方向に、突然マーカーが二つ現れた。

それだけなら、意外に思いこそすれ驚くまではいかなかっただろう。問題は急に表示されたマーカーが、兵士として登録されていない人間サイズのものを捉えた時に出る色をしていたことだった。

「おいおいおい、見張りは何してんだよ…!」

舌打ちをしながら、慌てて走り出す。

避難しそこねた民間人が今さらレーダーに引っかかったのか、見張りの目を逃れて入り込んだ馬鹿かは知らないが、戦いに巻き込まれたら洒落にならない。

この戦場で人は死なないが、春見はそれを信用していないのだ。

西の方にこのことを伝えるか考えたが、戦いの最中に混乱を招くのも愚策だ。保護した後に事後報告すればいいだろうと判断して、インカムに伸ばしかけた手を下ろした。

その判断が、春見透也の人生を大きく左右することになる。




「レーダーだと……この辺りか」

しばらく走った後、マーカーが出現した場所に辿り着いた。

そこは小さな児童公園だった。遊具は危険だという現在の世相に合わせて、滑り台や砂場くらいしか遊び場がない。狭い砂場に放り捨てられたスコップを何気なく一瞥してから、公園内で足を止めた。

「ぜぇー、ぜぇー……」

先ほどの逃走劇も合わせれば、連続の疾走だ。立ち止まった瞬間、荒い呼吸が吐き出される。そのまま座り込んで休みたい気持ちを押さえつけて、レーダーを取り出した。

荒くなった呼吸を整えながら、現在地とマーカーの場所を確認する。

幸い、マーカーはさほど動いていない。

それに安堵する一方、嫌な考えが浮かぶ。

「これ、火事場のバカップルじゃねえだろうな……」

他の人間が避難しているのをいいことに、街中でいちゃつこうとするカップルは残念ながら一定数いる。今回のマーカーもそういった馬鹿達であったらどうしてくれようかと思いながら、砂場に視線を向ける。

「あのスコップ投げつけてやりてえ……」

先ほど目についたスコップを、脳内のバカップルにぶつける。

一時はそれですっきりしたが、すぐに虚しさが勝る。脳内映像を払うように手を動かしてから、マーカーを追うために一歩踏み出す。

――――直前、飛来してきた標識が頬をかすめかけ、後ろの地面に突き刺さった。

「…………」

思考がフリーズする。

そのまま放心しそうになったが、放置できない異常事態である。現実逃避しそうになる自分を叱咤して、標識が飛んできた方に向かった。

近づくにつれ、金属のぶつかる音が聞こえてくる。明らかに何かと何かが交戦中だ。

状況がわからないまま、闇雲に姿を晒すわけにもいかない。音がはっきりと聞こえるようになったところで物陰に身を潜めながら進んでいき、三つ目の物陰に入ったところでようやく音の正体を視認できる場所に辿り着いた。

(男と……女の子?)

そこでは、長身の青年と小柄な少女が戦っていた。

青年の方は大きな十字架を鈍器のように振るい、対する少女は通行禁止の標識を振り回している。優勢は遠慮なく標識を叩きつける少女で、劣勢はそれを捌く青年だ。

少し見ただけでも力量の高さが窺える。特に少女は今まで春見が見てきた中でも群を抜いているのがわかった。青年の黒い髪と少女の白い髪が対照的なのも相俟って、思わず演舞を眺めるように見入ってしまう。

春見が所属する組織では少女兵も珍しくはなかったが、それでも軽々と標識を持っている様子は異様の一言に尽きる。春見の頭をザクロにしかけたのも、おそらくはあの少女が投げた標識だと考えるとなおのこと。

どちらも迷彩模様のマントを羽織り、その下から覗く軍服のような白い服も同じもの。白い服は先ほど戦った怪物の製作者――すなわち春見の敵が着ているものなのだが、怪物がいるフィールドに彼らは現れないはずだ。

仮に現れるにしても、戦場で味方同士戦う理由がない。

首を傾げながら様子を窺っていると、次第に状況が読み込めてきた。

(女の子の方が暴走してんのか、あれ)

がむしゃらに標識を振るう姿は、狂戦士を連想させる。遠目から見ても理性的に動いているとは言い難く、何かしらの要因で行動を制御できていないと考えるのが妥当だろう。

ならば攻撃を捌くことに重点を置いている青年は、おそらく少女を止めたいはずだ。

そこまで考え、懐から球体――グレイプニルを取り出す。

「『人造神器』“グレイプニル”起動」

どうしてあの状況になっているかはわからないが、やはり止めるべきだろう。射出準備を整えたグレイプニルを手のひらの上に浮かせたまま、もう一度戦況をよく見る。

(……女の子だけ拘束しても、事故が怖いな)

少女を気絶させるためだろうか、青年の方も時折攻撃に転じている。いきなり少女の動きを止めれば、タイミング次第では十字架のような鈍器が華奢な体を砕くだろう。

「――――」

脳裏をかすめる、苦い記憶。

一度の瞑目でそれを追いやり、機を窺う。そして、両者が何度目かの鍔迫り合いの末に距離を置き、再びかち合おうとした瞬間。

「……行け!」

合図と同時にグレイプニルが飛んでいき、表面から糸を射出する。青年の方は横合いから飛んできた物体に気づき、ぎょっとした顔になったが、避けるには時間が足りなかった。

「うおっ…!」

「…ッ!」

グレイプニルの糸は二人を絡め取り、拘束する。

二人の手からそれぞれ得物が落ちて、大きな音が二重に響いた。

気づいていた青年の方はとっさに受け身をとったが、縛られるまでわからなかった少女はそのまま体勢を崩し、顔面から地面に倒れ込んだ。そのまま動かなくなったので春見の胆は冷えかけたが、そいつ丈夫だからと青年が言ってきたので安堵の息をつけた。

「あんたは……古世界(ヴィユ)のラムか」

「ヴィユ?ラム?」

「あ、いや、なんでもない」

酒?ジンギスカン?と首を傾げて聞き返すと、失言だったとばかりに首を振られる。

「助かった。でも俺まで縛る必要あったか?」

「あの子だけ拘束して、万が一お前の十字架が胴とかに直撃したらまずいだろ」

「? 戦闘フィールドが展開されているなら死なないだろう?」

「それでもだよ」

青年は怪訝そうにしていたが、追及する気はなかったのかそれ以上は突っ込まれなかった。

(てか、戦闘フィールドのこと知ってるってことはやっぱり異世界の人間なんだな)

異世界人は敵だ。春見とて、彼らを憎く思う気持ちがないわけではない。

しかし、戦闘以外でエンカウントしたフォーリナー達は、その若さもあっていまいち敵愾心を刺激しなかった。倒さねばという思いより、この後どうすればいいんだという考えが勝っているのも理由の一つだろう。

(どーすっかな……ひとまずは本部に連絡だろうけど、なんて言えば)

ありのままに状況を説明しても、信じてもらえる自信がない。何でこんなことで頭を悩ませなければいけないんだと思いながら、煙草を吸おうとした時。

「あ」

突然、青年が声を上げた。

「なんだよ急に」

「来る」

「は?」

火のついていない煙草を咥えたまま、首を傾げる。そんな春見の耳にほどなく、何かが落下してくる音が聞こえてきた。音につられるように、春見は顔を上げる。そして。

「はあああああ!?」

空から降ってくる怪物を見て、目を見開きながら驚愕の声を上げた。

蟷螂を連想させる小型車サイズの体躯は、三人から少し離れた位置に落ちる。落下の衝撃に身を震わせているものの、その体に目立った損傷は見られない。

呆然と突如現れた怪物を見ていると、小型インカムから通信が入った。

『こちらI隊徳島!春見、そっちに異界兵はいるか!?』

「こちら春見!すぐ近くに落ちてきましたけど、心当たりが!?」

『すまん!さっき倒した奴なんだが、落とした前肢が小型の同機に変形した!残った肢を東の方に射出したからもしかしたらと思ったんだが、嫌な予想ほど当たるな、全く!』

「新型か。ってことは蟷螂型の弱点狙うと増える可能性あるんすね、りょーかい」

『なるべくこっちは早く片付ける!いいか、危なくなったらすぐに逃げろよ』

「了解!――――“グレイプニル”解除」

通話を終えると同時に、青年達を拘束していたグレイプニルを解除する。そして二人を庇う位置に立つと、鞘から抜いた短剣を構えた。

「気絶してるの連れて早く逃げろ」

「あんたは?」

「俺はこいつと戦う。それがお仕事だからな」

本音を言うなら、新型と真っ向からやり合いたくはない。

だが、背後にあるものが春見の矜持に撤退を許さなかった。

「……気づいていないなら言うが、俺は異世界人だぞ。守る義理があるのか?」

「嫌なタイミングで嫌なこと聞くなおめーは!」

春見の意図に気づいたのか、青年は怪訝そうな声で問いかける。それに盛大な舌打ちを返しながら、振り返らずに言い放つ。

「誰だろうと、俺は目の前で誰かが死ぬのを見るのが世界で一番嫌いなんだ。だからお前らが憎たらしい異世界人でも、とりあえず死なせないようにすんだよ」

「……」

春見の言葉に、青年は虚をつかれたように目を瞬かせる。

意味を咀嚼した後、思わずといった風に仏頂面を綻ばせた。

「変わってるな、あんた」

「うるせーな、よく言われるよ」

話をしている間にも、蟷螂型の怪物は落下の余波から解放されていく。巨大な複眼は既に春見達を捉えており、それこそいつ襲いかかってきてもおかしくはなかった。

「ってなわけだから早く逃げろ。こっちは気にすんな」

「……いや。あんたは弱そうに見えないけど、シュッドの新型は部位を切断されると増殖する。その得物じゃ不利だ」

「地元民ならではのご丁寧な解説どーも!」

「俺の出身はシュッドじゃない」

「知るかよ律儀に訂正すんな!んでどうしろって言うんだよ!?」

「簡単だ。頭を潰せばいい。――――いけるな?ナツキ」

「うん」

不意に聞こえてきたソプラノアルトに、思わず怪物から視線を切って後ろを見やる。

先ほどまで地面に伏していた少女が、体を起こして春見を、その向こうにいる怪物を見据えていた。少し長めの前髪から覗く碧色の目には、理性が湛えられている。正気に戻ったようで何よりだが、聞き捨てならない台詞に反応する方が先だった。

「いけるな?じゃねえよ!なんでその子に……うおっ!?」

しかし、反論を終えるより早く、怪物が春見めがけて前肢を振るった。

とっさに短剣で打ち払い、追撃を引きつけるように前に出る。動く獲物につられた怪物は鎌状の前肢を交互に振り下ろし、春見を切断せんと猛攻を開始した。

「くそっ、いつもの蟷螂より小さい分速いな…!」

連撃に翻弄され、舌打ちをしながら短剣で鎌を捌く。

武器であり弱点でもある前肢を斬れない以上、防戦一方だ。青年は頭を潰せばいいと気安く言ったが、怪物が思いのほか速すぎて自分が鈍器を持っていてもそこまでいくビジョンが浮かばなかった。

春見が交戦する傍ら、ナツキと呼ばれた少女が十字架を拾い上げる。

「“イスカリオテ、”借りるね」

「完全解放はするなよ。さすがに国にばれる」

「わかってる」

短いやりとりを経た後、小柄な体が疾駆した。

少女は鎌が振り下ろされる瞬間に春見と怪物の間に割り込み、十字架の先端で前肢を受け止める。鎌と直にかち合ってなお切断されない十字架の頑丈さも凄まじいが、自分より数十倍はある怪物の攻撃を難なく受け止める少女を見て、春見は思わず息を呑んだ。

(この子、ほんと何なんだ…!?)

「はあああああ!!」

気勢と共に受け止めた前肢を払いのける。

勢いよく払いのけられ、怪物はバランスを崩しながらたたらを踏んだ。その隙を逃すまいとばかりに少女が地面を蹴り、跳躍する。その飛距離は高く、怪物の頭上まで至った。

前肢の構造上、怪物は迎撃が適わない。

「つぶ…れ、ろぉ!」

そのまま振り上げた十字架の先端が脳天に命中し、頭が地面に叩きつけられた。

大きく体を震わせた後、怪物はそのまま動かなくなる。それを確認すると、少女はゆっくりと十字架を持ち上げた。

軽く振って体液を払ってから、春見達の方を振り返る。

「倒しました、お兄さん。怪我はないですか?」

「……」

そして、ふにゃりと年相応に笑う少女。

ほぼ瞬殺に近い手際に及び腰だった春見は、それを見て毒気が抜かれるのを感じた。

深く考えるのが面倒くさくなったともいう。

脱色した頭をがしがしと掻き、溜息をつく。短剣を鞘に収め、グレイプニルを回収しと、戦闘態勢を解いてからもう一度息をついた。

「あー…、とりあえず助かったよ」

「どういたしまして」

「いやお前は何もしてないだろ!」

「お兄さんさっき、私を止めてくれたから。おあいこです」

「……まあ、ほっとけなかったしな」

ツッコミと相槌をこなしつつ、改めて二人を見る。

(兄妹にしたって全然似てないしなあ)

並べて見ても、関係性が見えてこない二人組だ。赤の他人と言うには距離感が近く、かといって恋人と呼ぶほどの熱っぽさは感じられない。

「あ」

よくわからんと思いながら煙草に手を伸ばしたところで、またしても青年が声を上げた。

「なんだ!?また異界兵か!?」

「いや、違う。この感じは……」

思わず煙草の箱を握り潰し、叫ぶように問う。青年はそれに首を振り、視線を動かした。

じゃあ何なんだと思いつつ同じ方を向けば、先ほど怪物が降ってきた時と同じように、驚愕をもってして春見の目は見開かれた。

青年の視線の先――民家の屋根にいたのは、この場にいるのがありえない面々だったからだ。

「A隊!?」

「ん?ああ、誰かと思えば春見さんじゃないですか」

春見が所属する組織『ハウンドドッグ』が誇る精鋭部隊。その頂点であるA隊の隊長を務める男は、春見の姿を認めると怪訝な顔を浮かべた。

「どうして春見さんがここに?」

「……I隊の掃討戦に加わってたんだ。そっちこそ、なんで掃討戦のフィールドに?」

「フリーの貴方に伝える義務はありません」

春見の問いかけに、隊長ではなくその横にいる少女がぴしゃりと叩きつけるように言う。年下からのきつい物言いに思わず眉をひそめたものの、正論ではあったので、判断を仰ぐように隊長を見た。

隊長はふむ、と顎をさすった後、青年達の方に視線を向ける。

「上からの命令です。そこの二人を迎えにきました」

「……上から?わざわざA隊が?」

「その理由に答えるのは難しいですね。一応機密なもので」

「……わかったよ。教えてくれてありがとな」

迎えにきたという、比較的穏当な物言いが聞けただけでも上等だと判断し、それ以上の詮索を止める。A隊の隊長は実直な男なので、少なくとも嘘ではないだろう。

今度は青年と少女の方を見る。

二人は驚いた様子もないので、元々予定されていたことが察せられた。少女が暴走していたことがイレギュラーだったのだろう。

「そういうことらしいし、じゃあな」

思わぬ形で荷が下りて少々すっきりしないが、引き留める理由もついていく意味もない。二人がA隊の方へと向かいやすいように道を開け、片手をひらひらと振った。

青年と少女は顔を見合わせた後、軽く会釈をして春見の横を通り過ぎる。

「なあ」

しばらく歩いたところで、青年が声をかけた。

「俺はイヴェル、こっちはナツキ。あんたの名前は?」

「……春見。春見透也だ」

「カスミか、わかった」

「春見さん、またね」

短いやりとりの後、今度こそ二人はA隊の方へと向かった。

二言三言話をしてから、屋根伝いにその場を去っていく。隊長ともう一人の隊員は去り際春見に手を振ったが、少女の隊員は最後まで春見に厳しい目を向けていた。

「……はあ」

時間としては、三十分にも満たないような邂逅。

その中で何度吐いたかわからない溜息を零しながら、敵を倒したことを報告すべく、小型インカムのスイッチを入れた。

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