お盆は天の家族を思う日

増田朋美

お盆は天の家族を思う日

お盆は天の家族を想う日

ああ、ついにこの日がやってきたかあ、と、弁蔵さんは思うのだった。

みんなにとっては嬉しい日なのかもしれないけれど、僕にとっては来ないでもらいたい、この日。

お盆だ!

お盆は、なくなった人たちが天から帰ってくる日だという。みんな、迎え火を炊いて、亡くなった人を自宅に迎えに行く。

それでは、あの男性、須田幹夫も、帰ってくるだろうか。

まだ事件の事は覚えている。須田幹夫という人が、狐の帽子を被って、通り魔事件を起こしたのだ。それは、須田幹夫の勝手な犯行ではなくて、彼を自分の義理の妹、亀山久子旧姓中村久子が、そそのかしたものだった。旅館の改装工事に現れた須田幹夫を久子は、狐の帽子を被った通り魔に仕立て上げた。そして、その帽子を被った通り魔が、計画通り、弟の栄蔵を襲ったが、弟は、それを予測しておらず、須田幹夫を返り討ちにした。その須田幹夫は、弟の返り討ちにあって死んだ。そして、その弟も入院した精神病院で死んだ。もう、其れで事件は終ったことになっているけれど、自分に取っては、事件は終っていない。だって、最大の加害者である、久子は生きている。時々、久子の様子は、警察から話を聞いている。弁護士が接見したとか、裁判の事とか、刑務所に収監されたという事とか、そういう事がどんどん舞い込んでくるが、法律や専門用語の話ばかりで、何を言っているか、全くわからないというのが正直な話だった。まあ、ただわかった事は、久子に懲役何年という判決が下って、刑務所に何年かいるという話だけであった。

今日も弁蔵さんは、大井川鐡道井川線に乗った。接阻峡温泉駅を出て、まず千頭駅へ。そして千頭駅から電車に乗って金谷駅に行くのだが、その時千頭駅に止まっていたのは、金谷駅行きのSL列車だった。

とりあえず、弁蔵さんはSLに乗った。どっちにしろ、その列車に乗らなければ金谷駅にはいけないのだ。それに、普通の電車に比べて、一般客は非常に少なく、観光客の方が圧倒的に多いだろうから、知っている人に出会う確率も少なくなる。そのほうがいいと思って、弁蔵さんは、SLの一番後ろの席に座った。

席に座って数分後、SL列車は汽笛をあげて、発車した。動き出すと、客はきゃあきゃあと騒ぎ始めた。特に、子どものお客さんは、小さな体に合わない大声をあげて、SLが動き出したのを喜んでいた。SL電車はすべてロングシートではなく、ボックスシートになっていて、二人の人間が向き合って座る形式になっている。なので二人とか四人の乗客なのであれば、きっちりと座ることは可能なのだが、三人となると、一人分の座席が余ってしまうのである。

弁蔵さんの席は、老女の三人組が、残りの席を占拠していた。彼女たちは、観光帰りのようで、どこどこのランチがおいしかったとか、そういうことを話していた。其れならその方がいいと思った。

その中で、弁蔵さんが聞きたくない声が流れ出した。弁蔵さんは、こういう声は聞きたくなくて、鞄の中に顔を伏せた。

「いい滞在だったなあ。」

父親がそう言っているのだろうか。

「おばあちゃん、僕たちと一緒に家に帰ってくるの?」

小さな少年が、そう言ったのである。

「そうよ。おばあちゃんは、今この隣の席に座っているのよ。この席、目にはみえないけど、おばあちゃんも一緒にいるんだからね。」

そういって、母親が優しく自分の隣の席をたたいた。ああいいなあ、そういうほのぼのとした、日常を遅れるのは。僕は、そのお盆にわずかばかりの喜びを感じている、いや、そうするしか、いきるすべがない人間を作ってしまったんだ。きっと幹夫君のお父さんは、今頃涙を流しながら、息子を家に連れて帰るのではないか。ああ、何て酷いことをしてしまったんだろう。僕は、本当に久子を止めてやれなかった、栄蔵に取っても、幹夫君にとっても、酷いことをした男である。

そういう罪悪感に捉われながら、弁蔵さんはSLに乗り続けた。SLは特急だ。特定の駅しか停車しない。下りの千頭行きのみ、上りの金谷行きだけしか停車しない駅もあり、まちがえる人も結構いる。とりあえず弁蔵さんは、金谷まで乗っていくが、途中の停車駅で、降りる人もいるし、乗っていく人も少なくない。最近は、秘境駅めぐりとかで、小さな駅へ積極的に降りていく観光客もよくいる。そういう訳で、このSL列車は、いろんな使いかたをしているのだ。地元の人、観光客、駅に勤務している、駅員さんまで。

SL列車は、上り電車のみしか停車しない駅があった。川根本線笹間渡駅であった。

「まもなく、川根本線笹間渡駅に到着いたします。御降りの方は、お忘れ物のないように、お気をつけてください。」

SL電車は、駅のホームに停車した。

そのホームには、中年の女性が一人立っていた。あれれ、この駅、人が乗ってくることはあまりないんだけどなあ、と弁蔵さんは、不思議な顔をした。この駅から人が乗ってくる事はあまりないような。

その女性は、ぼんやりとした顔つきで、駅員に切符を渡し、客車のなかにはいって来た。

そして、彼女はあの親子三人が乗っていた座席のほうへやってくる。

「あ、どうぞ座ってください。」

母親が、そう言ったが、少年がいきなり泣き出す。

「だめ、ここ、おばあちゃんが座っているんです!おばあちゃんの乗っている所に、座らないで!空いている席、一杯あるじゃないですか!」

「あのなあ、次の家山駅で人が、一杯乗って来るんだよ。一人でも、多くの人が座れるように、おばさんを席に座らせてあげようね。」

父親が、少年を諭すように言ったが、少年はまだ泣き続けるのだった。

「だめ!おばあちゃんがここに座っているんです。おばあちゃんは、奥大井のお墓から、今日は僕たちと一緒に帰ってくるんです。ここにはおばあちゃんが一緒に座ってるの!だから、おばちゃん座らないで!」

「馬鹿な事いうもんじゃない。電車の中では譲りあう事が重要なんだ。」

父親はそういうことを言うが、少年は理解が出来ないようだった。例の女性は、変なことをいう子どもだなという顔をしている。

「一体なんで、そういう事をするんですか。子どもにちゃんと教育をしてないんじゃありませんの!お盆なんて、そんなばかばかしいことを子どもに教えるからいけないんですよ!」

と、そのおばさんは少年を馬鹿にするようににらみつけた。

「あの、すみません。」

弁蔵さんは、言った。

「座らせて置いてやってくれますか?」

「誰をですか!」

おばさんは、そう口にするが、

「いえ、彼は折角おばあちゃんとの再会を喜んでいるんです。それを無視して隣に座られたら、彼の喜びは消し去られてしまいます。若しかしたら、おばあちゃんとたまにしか会えないのかもしれない。そういう事ならなおさらだ。だから、今日は、我慢して、いただけないでしょうか。」

と、弁蔵さんは言った。となりにいる、三人の老婦人たちも、例の少年に同情するような顔をしていた。

「すみません、一時間程度の電車移動ですから。」

きっと、そのおばさんもなにかあるんだと思う。誰も、問題のない人はいない。だけど、それを口に出して、いう事は許されていない。ただ、それをわかりあってくれる人は減少している。

そのおばさんがわかってくれるかどうかは、ある種のかけのようなところがあるが、

「おばあちゃんと、たのしくやってね。」

彼女は、別の車両に向かって歩いて行った。

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お盆は天の家族を思う日 増田朋美 @masubuchi4996

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