第8話
「だっせぇ」
「随分と根暗そうな男だなぁ」
「あなた、友達少ないんじゃない?」
玄関をくぐるなり浴びせられた言葉に雪比奈が面食らったような顔をした。発言したのは和葉、父、母の順である。
「なんでこう、オブラートに包むってことが出来ないかなぁうちの家族は!」
雪比奈がダサいのも根暗そうなのも友達が少ないのもまぎれもない事実だが、それを初対面の相手に向かって口にしていいかと言えば話は別だ。
理人の怒声もどこ吹く風。三人は興味深そうに雪比奈を観察している。一方の雪比奈は先のセリフも不躾な視線も気にした様子はなくからりと笑って見せた。
「君の家族は面白いな。無駄に真面目な君とは正反対のようだ」
「無駄には余計だ。反面教師って言うだろ……」
はぁ、とため息をついて来客用のスリッパを出す。パンダの顔がついているのは母の趣味だ。“来客が客寄せパンダを履く”なんてにやにやしながら呟いた父が和葉の気持ち悪いという一言に撃沈したのはもう二年ほど前のことだ。
「……ちゃんとしたもん着ればまぁまぁ見られるようになんじゃないの?あんた」
案外きちんと靴をそろえた雪比奈がスリッパを履く。そのあいだ彼の顔をじっと見つめていた和葉が神妙な顔で言った。
「ちょっと来て。兄貴の服であんたに似合うのコーディネートしてあげる」
「妙な事言い出すんじゃねぇよ。勉強教えてもらうために連れてきたんだろうが」
理人の苦言に和葉は面倒臭そうな顔を隠しもしなかった。ハエを追い払うかのような仕草でしっしっと手を振られる。
「受験まであと何か月あると思ってるわけ?だいたい、こんなダサい格好の男にセンセーされるなんて御免だっつの。せめて私といるときはちゃんとした格好してもらわないとね」
和葉ががっしりと雪比奈の腕を掴む。雪比奈は助けを求めるように理人に視線をよこした。口は達者だが、雪比奈は人との接触に不慣れなところがある。困惑した表情が珍しく、理人はついつい笑ってしまう。
「せっかくだからそのぼさぼさの髪もきっちゃいましょうか」
「え」
うふふ、と笑う母に雪比奈が引き攣った声を上げる。
「前髪だけでも切ったら雰囲気変わると思うのよ。私美容師の資格持ってるから失敗はしないわよ?ね?」
和葉が持ったのと逆の手を握られて雪比奈がびくりと肩を揺らす。
「テメェこら!明美に触られてビビるたぁ何事だ!明美が言ってるんだからきっちり切ってもらえ!」
父が雪比奈の頭を叩く。ばちんといい音がした。雪比奈からしたら理不尽極まりない話だろう。しかし助けてやる義理はない。
「俺クッキー作ってくるから。その間に済ませとけよ」
はーい、と母が楽し気に返事をする。和葉は早速理人のタンスをあさるつもりらしい。うきうきと階段を上って二階の部屋に向かった。
「月見里」
雪比奈が理人を呼ぶ。これが助けを求める声ではないと分かったのは理人だけだろう。前髪の間から覘く切れ長の瞳が何かを探るように理人を見つめている。
「後で、な」
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