第6章 歌って、レイナ

はじまりの朝

「あのね、いいこと考えたの」

 ある朝、レイナは朝食の席で、瞳を輝かせながら裕と笑里に言った。

「なあに、どんなこと?」


「ゴミ捨て場で歌えなくなったでしょ? 私がゴミ捨て場に行くから、みんなに迷惑がかかるんだって思うの。だからね、ゴミ捨て場に住んでる人たちに、ライブに来てもらえばいいんじゃないかなって。私の誕生日に、ゴミ捨て場の人たちに来てもらって、無料でライブを開くの。どうかな?」


 裕と笑里は顔を見合わせる。

「そうだね、それはいい考えだね」

「素敵じゃない! 楽しそう」

 二人はほぼ同時に声を上げる。

「そう? よかった!」

 レイナは嬉しそうにしている。

 

 裕と笑里はレイナが自分でしたいと言ったことは、基本的に止めることはない。

「レイナは今までさんざん、いろんなことをあきらめる環境で生きて来たんだ。だから、レイナがしたいことは、なるべく実現させてあげよう。月に行きたいって言われたって、やろうと思えばできなくもない。今は民間の宇宙旅行の会社もあるからね」


 レイナと暮らし始めたころ、裕は笑里にそう話した。笑里ももちろん、即座に同意した。


「そうなると、ゴミ捨て場からバスで住民を送迎しなきゃいけなくなるな」

「今から抑えられるライブ会場はあるかしら」

 二人はさっそく、ライブを現実にするための計画を練り始める。

「ト……ム?」

 アミがトーストを食べながら聞く。

「そうだね、トムにも来てもらおう! トムもきっと、喜ぶよ」


 四人がワイワイと話しているところに、芳野が「先生、さっきからスマホが何度も鳴っているみたいですよ。急ぎの用事かもしれません」と教えに来てくれた。

「ああ、ありがとう」


 裕は仕事部屋に入った。

 スマホを見ると、楠アオイという歌手のマネジャーからだった。

「もしもし? 西園寺です。何度かお電話をいただいたようで」

 裕が電話をかけると、「わざわざご連絡いただいて、すみません」と、マネジャーは恐縮する。


「早めにお伝えしたほうがいいかと思いまして」

「ハイ、なんでしょう」

「今回お願いしていたアオイの新曲の件でご相談なんですが……」

 マネジャーは、そこで言葉を切った。

「何かありましたか?」

 裕が問うと、「誠に申しづらいんですが……」と、また黙り込んでしまう。裕は相手の言葉を待つ。


「その、何というか……今回の話はなかったことにしていただきたいんです」

「えっ⁉ どういうことですか?」

「いや、その、上から今回の曲は、アオイっぽくないと言われまして」

「アオイっぽくないって……今回はバラードに挑戦したいということでしたよね? 大人びたバラードを歌ってみたいという話だったから、そのイメージで作った曲ですが」

「まあ、そうなんですが……」


「アオイも気に入ってたんじゃないんですか?」

「そうなんですけど、上の人が」

「上の人って、誰ですか? 僕が直接話しましょうか」

「いや、そういうわけにはいかなくて……ちょ、ちょっと待ってください」


 マネジャーは場所を移動したらしい。事務所で話をしていて、他の人に聞かれたくないということだろう。


「西園寺先生、何かしたんですか? 官邸がレコード会社のトップに、西園寺裕を使うなと言ってきたらしいんですよ」

「え?」


「今回の曲、僕もすっごくいい曲だと思ってますし、アオイも喜んでたんですよ。でも、先生の曲はもう使わないってレコード会社に言われて……それどころか、今まで西園寺先生が作った曲はすべて配信停止にしろって官邸は言ってきたらしくて。カラオケの曲も削除しろって言ってるらしいんです。だから、今、うちは大騒ぎになってて。アオイの曲だけじゃなく、他のアーティストの曲も先生には書いていただいているから」


「アオイ以外の曲も全部ってことですか」

「そうです」

 裕は大きなため息をついた。

「それは……もはや僕の力でどうこうできるって話じゃなさそうですね」

「官邸で何かあったんですか?」


 裕は簡単にレイナが官邸でミニライブを開いたこと、ゴミ捨て場で歌うことを片田がよく思ってないことを説明した。


「とにかく、ご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ない」

「いえ、迷惑をかけてるのはこっちの方です。こんな形で仕事を打ち切ることになってしまって……もちろん、今回の分の作曲料はお支払いいたします」

「そうですか」


「西園寺先生にはヒット曲をたくさん書いていただいたから、感謝しかないです。ホントは、先生には何も話すなって言われてたんですが、お世話になったので、せめてお伝えしておきたいと思って」

「それは心遣いに感謝します」


「たぶん、騒いでるのは今だけだと思います。落ち着いたら、また先生の曲を復活できるって僕は信じてます。そのときは、また曲をつくってください。僕、西園寺先生の曲が大好きなんで」

 裕は何度もお礼を言い、電話を切った。


「ずいぶん露骨な嫌がらせをするもんだな」

 曲を書いているアーティストは他にもいる。きっと、他のレコード会社も同じことを言ってくるだろう。


 ――レイナに何と言えばいいのか。しばらく黙っておくしかないな。せっかく誕生日のライブを思いついたばかりなのに、心配させたくない。


「何だったの?」

 ダイニングに戻ると、裕の顔色を見て、笑里は何かあったことに気づいたようだ。

「いや、たいしたことじゃない。後で話すよ」

 裕は芳野にコーヒーを頼む。

 レイナはアミと、「トムが日本に戻って来たら、どこに行く?」とはしゃいでいる。


 ――今は、この笑顔を守りたい。たとえ、束の間であっても。


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