美晴、再始動

 美晴ちゃんではなく「さん」と呼んだのは、美晴が白髪交じりの中年になっているからだろう。

「思い出した? ゴミ捨て場にいる私を見つけて襲わせたのはあなたでしょ?」

「どどどどうして、ここに」


「あんたが孫を殺したのか」

 車椅子に乗っている老爺が、白石を鋭い眼光でにらむ。

「え?」

「オレの孫の怜人を殺したのはあんたか」

「え? あっ」

 白石は便器の横のスペースに後ずさりする。

「……怜人のおじいさん?」

「ああ、そうだ。本郷博人だ」


「オレのことを覚えてるか? 何回か会っただろ」

 ドアの前に立っている男が口を開く。 

 白石は凝視した後、「が、岳人さん?」とつぶやく。

「アメリカにいたんじゃ」

「そうだよ。でも、怜人が殺されたって聞いたら、向こうでのうのうと暮らしてられるわけないだろ」


「いや、でも、自殺って報道されてたはず」

「そんなの信じるわけないだろ? 部屋から誰か分からない女性の遺体まで見つかってさ。怜人は直前に、『兄ちゃん、オレ、ひと暴れするわ。もしかしたらオレの政治家生命が絶たれるかもしれない』って連絡くれてたんだよ。美晴さんから話はすべて聞いてるよ。あんたが怜人をはめて、留置所で殺したってこと」 


「ちち違う、オレは殺してない、ホント、オレじゃなくて、殺し屋がやったんだ」

「殺し屋? 誰が雇ったんだ」


「か、片田さんだっ。すべて、片田さんが考えた計画だったんだ。オレだって、あのときは殺さなくてもいいんじゃないかって言ったよ。そこまでしなくても、政治の世界から追放するだけでいいんじゃないかって言ったんだよ。


 でも、片田さんは怜人の一族に恨みがあるって言ってた。怜人の父親の秘書をやってたときに、別の秘書をかわいがっていて、片田さんは冷たくされたって……。その秘書はすぐに立候補して、本郷家がバックアップしたから当選できたって。でも、片田さんは支援してもらえなくて、自分の力でやるしかなかったって」


「当たり前だ。片田は他の秘書の足を引っ張って、自分の野心のために事務所をひっかきまわして大変だったんだぞ? だから親父も愛想をつかしたんだ」


 岳人の言葉に、「あいつはな」と博人がしわがれ声を出す。

「あいつは政治家にしちゃいけない人間だと、息子は言ってた。だけど、あいつは、矢田部の父親と組んで、息子に罪を着せて、失脚させやがって」

 博人は怒りで声が震えている。

「息子だけじゃなく、孫まで手にかけやがって」


「だから、オレは反対したし、オレはやってませんよ? 殺し屋を手引きしただけで」

「人殺しに加担したってことじゃないか」

 岳人は鋭く言い放つ。


「まままあ、そうですけど。仕方なかったんですよ、オレも弱みを握られてて」

「その弱みと引き換えに怜人を売ったってことよね?」

「いや、だから」

 三人から詰め寄られて、白石は勢いよく頭を下げる。


「申し訳ないっ。オレも、ホントはあんなことをしたくてしたんじゃないんだ! それだけは信じてくれ」

「じゃあ、うちらに協力してもらおうか」

「へ?」

 顔を上げると、岳人が胸ポケットから小型カメラを取り出した。


「今の、全部録画してるから。片田が人殺しだって告白したことがバレたら、どうなるだろうな。これを全世界に向けて配信されたくなかったら、俺らに協力するしかない」


 白石はようやく美晴たちが何のためにここに来たのかを悟った。

「協力って……何をすれば?」

「これを持ってろ」

 岳人は白石にスマホを投げて渡す。

「使い捨てスマホだ。使ったら捨てろよ? こっちから連絡するから、それまで持ち歩いてろ」

 白石は力なくうなずく。


 岳人が開くボタンを押した。

 3人が個室から出ようとしたとき、

「あなた、優梨愛さんと一緒になったのね」

 と、ふいに美晴は白石に言った。


「優梨愛さんはこのこと知ってるの? あなたが怜人を殺すのに加担したこと」

「……いや、まさか」

「そう。彼女も被害者ね。気の毒に」

「言わないでくれ、優梨愛には。あいつは何も関係ない」

「ええ、関係ないわよね。優梨愛さんも、お子さんも、愛人のあの子もね」

 白石はうめき声をあげて、顔を両手で覆う。


「でも、私の娘も何も関係ないのに、あなたたちはゴミ捨て場まで来た。今も、レイナにいろいろと嫌がらせをしてるでしょ? レイナを傷つける人は、誰であっても許さないから」

 美晴の気迫に、白石は何も返せない。


 美晴が去ろうとしたとき、「あのレイナって子は、その、君と怜人の……」と、白石はかすれた声をかける。

「ええ。そうよ」

 美晴は振り返らずに答える。

 3人が去っても、白石はしばらくその場で動けなかった。

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