スティーブの提案

 レイナがようやく落ち着いたころ、ライブは終わった。

 レイナは裕とトムと一緒に、挨拶をしにスティーブの楽屋に行った。


「レイナ! 今日は素晴らしかった!」

 スティーブはレイナを抱きしめた。


「今日はオレの歌を一緒に歌えなかったのが残念だったけど、君の歌は最高だったよ。まだ、感動で震えているぐらいだ。またオレのステージに出てくれるかい? このワールドツアーは、まだ続くんだ。できれば、他の国のステージにも出てほしい。もちろん、裕たちも一緒に来てくれ。みんなを招待するよ」


 裕はスティーブの言葉を訳してレイナに伝えた。

 レイナは、わずかに顔を輝かせた。


「ホントに? 私もまたスティーブと一緒に歌いたい」

「そうだね。レイナの歌を世界中の人に聞いてもらえる、いい機会だと思う」

 裕も同意した。


 裕が「ぜひステージに出させてほしい」と言うと、スティーブは大喜びして、レイナと裕と握手をした。


「それから、君に1つ提案があるんだ」

 スティーブはトムの前にしゃがみこんだ。


「トム、一緒にニューヨークに来ないか? ダンスを本格的に習ってみる気はないか?」


 トムはポカンとした顔で聞いている。

 裕が訳すと、トムは目玉が飛び出そうになるぐらいに目を見開いた。


「ホントに? ホントに!? ダンスをできるの?」

「ああ。オレのファミリーにならないか?」


「僕の家族にならないかって」

 裕の言葉に、トムは戸惑う。

「家族って……どういうこと?」

 裕はスティーブに言葉の意味を問う。


「スティーブは養子にならないかって言ってるんだ。早い話が、スティーブの息子になるってことだ」

「えっ、えっ、オレが? オレが、スティーブの子に?」


「どういうこと?」

 レイナは裕に聞く。


「昔から、欧米では歌手や俳優が養子を迎えるのは、よくある話なんだ。スティーブのところには、既に養子が二人いる」


 それをレイナはトムに分かるように話した。

 トムは興奮のあまり、息が荒くなっている。


「ニューヨークがどこにあるのか分からないけど、オレ、ゴミ捨て場から出たい。ゴミ捨て場から出られるなら、なんでもする」

「……そうか」


 裕がその言葉を伝えると、スティーブは満面の笑みを浮かべた。


「嬉しいよ、トム。今日から、君はオレの息子だ」

「あ、でも、マサじいさんやジンにいなくなるってことを伝えないと」

「OK。日本を出発するのは明後日だ。そのときに空港に来てくれ」

 

 スティーブはトムを優しくハグした。


「でも、そうしたら、アミがゴミ捨て場で一人ぼっちになっちゃう」

 レイナはつぶやいた。

「そうだね。それもどうすればいいか、考えよう」

 裕はうなずいた。


「君に大切なものを返すよ」


 楽屋を出ようとしたとき、スティーブはレイナにハンカチに包んだものを差し出した。

 開けると、バレッタだった。

 無残に壊れていたはずのバレッタが修復されていた。


「うちの舞台のスタッフに、手先が器用な子が何人かいてね。彼らに頼んで、本番中に直してもらったんだ。完全に元通りにはならなかったけれど、少しは見られるようになったんじゃないかな」


 確かに、パーツが足りなくて地金が見えている部分もある。それでも、懸命に直してくれた気持ちだけでレイナには十分だった。


「ありがとう。ホントにありがとう」

 バレッタを包み込むように、そっと抱きしめる。


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