目を開けて、お兄ちゃん。

 その後のことは、よく覚えていない。


 気がつくと、毛布にくるまれたタクマの遺体を、みんなで見下ろしていた。大人たちが、小屋まで遺体を運んだのだろう。あたりはすっかり暗くなっている。

 

 マヤは、遺体の横でずっと泣き崩れている。

 毛布から出ているタクマの顔は、頬がはれ上がり、口元には血がにじんでいる。

それでも、穏やかな死に顔だ。


「お兄ちゃん……?」

 レイナはタクマの頬にそっと手を振れる。冷たい。


 いつか、レイナの手がかじかんでいたときに、自分の両頬に手を当ててくれた。

「ホラ、温かいでしょ?」

 優しく微笑むタクマ。

「起きてよ、お兄ちゃん」

 軽く体を揺すって呼びかける。現実感がまったくないので、涙すら出ない。ミハルがレイナの肩を抱きしめてくれた。


「お前、よく来られたな」

 ジンのドスの利いた声に、みんなはいっせいにそちらを向いた。ヤスおじさんが、木の影からオドオドした表情でこちらを見ている。


「お前、タクマとトムをほっぽって、逃げたんだろ? よくここに戻ってこられたな」

「すすすみません、オレだって、逃げたくなかったんだけど、多勢に無勢で」

「ヤスおじさんは、自分のお金は取られてないんだよ。『オレは持ってない、あの子が持ってるんだ』ってタクマを指差したから、タクマが狙われたんだ」

 トムが泣きはらした目で批難する。


「それで、タクマが殴られてるのに、逃げたのか?」

 ジンがゆっくりとヤスおじさんに近寄る。

「いや、だから、オレもまさか、こんなことになるなんて」

「今すぐ、ここを出てけ。そんで、二度とここには戻って来るな。でないと、お前の首をオレがへし折るぞ?」

 ヤスおじさんは「ひいっ」と情けない声を上げると、慌てて逃げ出した。途中で木の根に足を取られて、盛大に転んだ。


「タクマを襲ったヤツは、救急車で運ばれたのに」

「ひどいな、あいつらは」

「オレらを人間扱いしてねえんだよ」

 大人たちは、口々に怒りの声を漏らす。


 灯油を調達したおじさんたちが戻って来た。

「食堂のおじさんとおばさんにもらって来たんだけど……号泣してたよ。あんなにいい子が、なんでって」

 おじさんたちは涙を拭う。

 ゴミ捨て場で死者が出ても、火葬場には運べない。ここで遺体を燃やすしかないのだ。


「やめて、タクマを燃やさないで!」

 マヤはタクマに覆いかぶさる。

「遺体をそのままにしておくと、野良犬が嗅ぎつけて、やってくるから」

 マサじいさんは声を絞り出す。

「うちらも、タクマを燃やしたくなんてないんだ……」


「一晩だけ、今晩だけ、一緒にいさせて」

 マヤが泣きながら懇願すると、「じゃあ、明日の朝、荼毘にふそう」とマサじいさんはうなずいた。


 タクマの傍らにしゃがみこんだままのレイナに、ミハルが優しく語りかける。

「二人だけにしてあげましょ。ね? 明日の朝、最後のお別れの挨拶をしましょ」

 今にも目を開けそうなタクマの顔を、レイナは瞬きもせずに見つめていた。

  

         *******

 

 翌朝、小屋の外が騒がしくてレイナは目を覚ました。

 眠れなくてミハルがずっとそばについていてくれたのだが、夜明けごろにウトウトしていたらしい。


 ミハルがドアを開けると、外はまだ暗く、空には星が光っていた。

「どうしたの?」

「マヤさんが大変なんだ」

 その声に、ミハルとレイナは顔を見合わせた。小屋を飛び出すと、霜柱をザクザクと踏みながら走って向かった。


 タクマの小屋のまわりに、みんなが集まっている。

 中をのぞくと、タクマの遺体の横に、マヤが横たわっていた。


「たぶん、一酸化炭素中毒だろう。換気をしないでストーブを使ってたらしい」

 マサじいさんが声を震わせる。

「余分に渡してたパッキンを、全部使ったらしい」

 ジンが苦しそうに息を漏らす。

 マヤは、タクマの遺体にしがみつくように息絶えていた。


「なんでよ……」

 ――なんで? なんで? なんで? なんで、こんな目に遭うの?

 ミハルがレイナを無言で抱きしめる。

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