第21話「並んで歩く未来」
21話「並んで歩く未来」
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そわそわしながら過ごす1日はとても長く感じられた。
千春はホテルから出る訳にもいかずに、豪華すぎる内装の部屋で、何度もスマホを見ていた。持参していた仕事にも手が付けられずに、彼からの連絡を待っていると、スマホが振動した。
急いでスマホを確認すると、そこには立夏からのメッセージが書かれており、「今から日本代表の監督が緊急会見始まるみたいだよ。」と書かれていた。
千春は、初耳だったので「ありがとう!」と素早くメッセージを送りすぐにテレビをつけた。
すると、調度会見が始まったのか、監督が穏やかな表情でマイクを持って話していた。
「今、世間を騒がせている一色秋文について、私の考えとチームの決定をお話します。一色秋文は、私のチームに必要不可欠な選手であるため辞めることを止めて貰いました。つきましては、今年度は彼をリーダーのまま今後も務めてもらう事になります。」
その言葉を発表した瞬間。報道陣から、どよめきが起こり、すぐに質問がとんできた。
「問題があった選手を使わないと勝てないと言う事ですか?」
「問題は解決していますし、彼が悪いことをしたという認識ではありません。」
「殴りかかろうとしたのにですか?」
「殴ってませんし、それは相手側から自分に非があったと話していますのだ、秋文のせいではないと思っています。」
「秋文選手が試合中や遠征中に何か問題を起こしたら監督が責任をとるのですか?」
「そうなりますね。ですが、彼が今までのサッカー人生で問題を少しでも起こした事がありますか?ありませんよね。私は安心して任せてたいと思っています。」
きっぱりと言い切った監督の言葉に、少しの間、報道陣からの質問が止まった。
彼の堂々とした態度が、そうさせているのだと千春にもわかり、監督という人の威厳を感じさせられた。
それと同時に彼を、こんなにも理解して信用し、必要としてくれている人が監督なんだとわかると、千春は嬉しくて仕方がなかった。
「ファンの人たちにその説明で納得してもらえると思いますか?責任はどうするのですか?」
質問が止まっていたが、またある一人の記者が質問を始めた。
その声は、千春にも聞き覚えがあった。
以前、秋文を厳しい質問で追い詰めた男性記者だった。
監督はそれがわかったのか、そちらに先程よりも少し厳しい視線を向けた。
「先程話しましたが、秋文選手は悪いことをしてないのに、何の責任を取るのでしょうか?騒ぎを起こしたことの責任でしたら、試合の勝利と選手をまとめあげるという務めで十分かと思います。」
「…………。」
「質問は以上のようですね。では、これで、会見を終わります。」
男性記者への質問が終わると、監督はまたにこやかな笑顔に戻っていた。
そして、颯爽と歩いてく彼を皆が呆然と見ていた。
そして、もちろん、千春も同じだった。
「これって………秋文は日本代表もリーダーも続けて言いって事だよね?」
千春は一人でテレビに向かって質問する。もちろん、答えてくれる人はいないけれど、少しずつ先程の会見が現実だという事がわかってきた。
「よかったぁ………。」
千春は緊張して前のめりになっていた体をソファに倒した。
やはり秋文の頑張りと誠実さを見てくれていた人はいるのだ。
信じてくれる人がしっかりいたんだ。
そのありがたさと嬉しさで、千春はうるうるきてしまう。
「秋文と付き合うようになってから、何か涙もろくなったなぁー……。きっと、幸せすぎるから泣けてくるんだろうなぁ。」
千春は、そんな事を思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
昨日は寝るのが遅くなってしまったし、ずっと緊張状態だったので、身体が疲れてしまったのだろう。
問題が解決した安心感からか、千春はすぐに眠気を感じて、ソファで寝てしまった。
夢でも、きっと生き生きとサッカーをする彼に会えるだろうと信じながら………。
「千春……おい、千春。」
「ぅん………あ、あれ……。」
「やっと起きたか……。」
「あれ?秋文なんでここに……。」
「帰ってきたよ。いつまで寝てるんだ。」
千春はうたた寝をしていたソファから起き上がり、ぼーっと秋文を見つめた。
結構な時間寝ていたのか、もう外は暗くなっている。
少しずつ頭を働かせて、寝る前に何をしていたのか思い出そうとする。
「おまえ、まさか監督の会見の時まで寝てたわけじゃないよな?」
「会見………あっ!!会見見たよっ!秋文………あれって………。」
千春が、会見の内容を思い出して彼をまじまじと見つめる。
すると、秋文はにっこりと笑って「あぁ。」と嬉しそうに笑った。
「監督がいろいろな人と話し合ってくれてたみたいで……日本代表もリーダーも続けられることになったよ!」
「よかったぁ………。よかったね、秋文!」
「まぁ、自分で何にも出来なかったのはカッコ悪いけどな。」
「そんなことないよ、監督とか仲間が認めてくれてるって事は日頃、秋文が頑張っているからだよ。………私は、そっちの方が大変ですごい事だって思うよ。」
「あぁ……そうだな。」
秋文は、千春の隣に座ってよしよしと頭を撫でてくれる。
「さっき、監督にお礼を言ってきたよ。そしたら、早く奥さんのところに行って安心させてあげなさい、って言われたよ。」
「ふふふ……優しい監督なのね。」
「見た目は怖そうだけど、実はそうなんだ。」
「秋文ったら………。でも、本当によかった。これで残りの時間も思いきりサッカーが出来るって事だよね。」
「あぁ、そうだな。」
千春は、嬉しさのあまりに秋文に抱きつく。
また、秋文が大切にしていた場所でキラキラと輝く笑顔と、真剣な表情でピッチを走る秋文が見れるのだ。
それが何よりも千春の楽しみなのだと思う。
「早く秋文の試合、見に行きたいなー。」
「何だよ、最近沢山来てくれるようになっただろ?」
「今すぐに秋文がサッカーしてるところ見たいの。あと、日本代表のリーダーしてるところも!………楽しみだなぁー。」
千春は、それを思い浮かべてはニコニコして上を向いてしまう。
けれども、それは彼によって阻まれてしまった。
顔を両手で包まれて、視線を彼の方に向けるように顔を固定される。
「……秋文?」
「俺は昨日からずっと楽しみにしてた事あるんだけど?」
「…………秋文………っっ………。」
その意味がわからないほど、千春は鈍感ではなかった。
千春がその意味を理解して顔を真っ赤に染める前に、彼からの深い口づけが降ってくる。
呼吸を奪われるような深いキスが続き、千春は甘い息苦しさを感じながらも、気持ちよさに目が潤んでしまう。
「そんなにキス、したかったの?」
やっと唇を離された千春は、とろんとした表情で彼を見つめる。
すると、彼も余裕がないのか目に色気を感じられる鋭いものがあった。
「おまえはしたくなかった?」
「……したかった……。昨日の夜も、今日の朝も。」
「………我慢したんだから、沢山しような。」
千春は、そのままゆっくりと押し倒れるようにキスを繰り返しながら体をソファに埋めた。
キスの合間から洩れる吐息と甘い声が、静かな室内に響く。
いつもとは違う部屋でのこの行為は、何故だか恥ずかしさが倍増してしまう。
「……ねぇ、秋文……なんだか恥ずかしいよ……。」
「俺しか見てないのに?」
「うん………。」
千春は、真っ暗な寝室を見つめて、彼に「ベットに行きたい。」という事をアピールする。
けれど、彼はそれをわざとわからないフリをして、千春を抱き上げた。
「おまえのバスローブ姿が色っぽすぎたんだった。それ着てるおまえを抱きたい。」
「えっ………ちょっと………。」
「お風呂の景色も綺麗だったし、いつもより浴槽も広いから一緒に入ろうか。」
「………えぇ………。」
千春は、一緒にお風呂に入りたい気持ちもあった。けれども、先ほど秋文から与えられた熱で、体が疼いてしまっていた。
早く寝室に行きたい………。
そういう気持ちで彼を見つめると、秋文はドキッとしたようで唾を飲み込んだ。
けれども、彼は意地悪だ。それで「寝室にいこうか。」と言ってくれない。
「大丈夫……お風呂場で可愛がるから。」
耳元でそう囁かれてしまえば、千春はもう彼に従うしかなかった。
抱き上げられたまま、千春は彼の胸に顔を埋めて、彼と一緒にお風呂場に向かう。
これから彼に甘いキスや包容、そして激しく熱が与えられる事を考えるだけで、千春は嬉しくて、そして少し恥ずかしくて彼の顔を見れなくなってしまう。
けれども、こっそりと見上げて彼を盗み見る。
すると、こちらを見つめていた彼の視線と合う。
「………愛してるよ、千春。俺の奥さんになってくれて、ありがとう。」
「ずるいよ………。」
「何でだ?」
「これ以上秋文を好きになったらどうすればいいの?」
「………これから俺しか好きにならないんだからいいだろ?」
「それもそうだね。」
額を合わせてクスクスと笑い合い、啄むようにキスをする。時々微笑みお互いの笑顔を見つめて、甘い遊びを楽しむようにキスの時間を過ごす。
その後は、大きな浴槽で激しく求め合い、千春は何度も彼の体に体をもたれ掛かり、甘えて過ごした。
それでも秋文は満足しないのか、「バスローブ着て、もう1回。」と可愛い文句でねだるので、千春も拒むことはできなかった。
もちろん、拒むつもりもないのだけれど。
ふかふかな白いシーツに身体を沈め、見上げれば愛しい彼の顔がある。
それが、とても幸せで千春も重くなった身体に鞭打って、彼の首に両腕をまわした。
「私も、秋文とこうやって好き合えてよかった。こんなにかっこいい人が隣に居たのに、どうして気づかなかったのかな。」
「今頃気づいたのか?」
「………ずっと前から気づいてたよ。好きって言われてから、好きになるって、ズルいのかな?」
「……俺はそれが嬉しいよ。俺が好きでいたままの千春だから。」
「もっとくっついていたいな。秋文と一緒に溶けてしまうぐらいに。」
「………俺もだよ。」
息も言葉も気持ちも、千春のすべてを飲み込むような深い口づけを落とされて、千春はうっとりと目を閉じた。
最後に見えたのは、千春の大好きな彼の真っ黒な瞳だった。
それを見るだけで、千春は安心してしまうのだ。その瞳で見つれられれながら、千春は秋文に全てを預けて、彼から与えられる優しさと熱を感じ続けた。
お互いの手を絡めて優しく握る。
いつまでも、こうやって手を繋いで暮らしいていきたいと想う。
彼といる全ての時間が、千春には幸せだから。
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