第19話「スイートルームでお説教を」






   19話「スイートルームでお説教を」






 泊まるホテルの前に車を泊めると、千春は荷物を持ちながら車を降りた。

 東夫妻はこれから用事があるとの事で、そのまま別れる事となった。



 「本当にありがとうございました。助かりました。」

 「いいのよー。困った時はお互い様なんだから。」

 「頑張って。また、何かあったら連絡して。」



 そう言って東からホテルのカードキーを渡さる。千春はそれを持ちながら2人を見送った。



 そして、ホテルを見上げる。とても立派な建物で、高級ホテルで有名な場所だった。

 千春が荷物を持っているとボーイがすぐに近寄って荷物を持ってくれる。



 「ありがとうございます。このお部屋なんですけど……。」


 

 カードキーを見せると、そのスタッフは笑顔で「ご案内致します。」と歩き出した。


 「こんな立派なところに泊まるなんて………。」と、千春は驚きを隠せないまま、その後をゆっくりと歩いた。


 

 案内された場所は、最上階のスイートだった。スイートの中でも、ライクがかなり上の部屋だというのがすぐにわかった。



 「荷物はこちらでいいですか?」

 「はい。ありがとうございます。」



 スタッフは荷物を置いた後、「ごゆっくりお過ごしくださいませ。」と優雅に一礼すると、部屋から出ていった。


 大きなシャンデリアの光りに包まれて輝く家具やインテリア達はとても豪華で、どこかの宮殿にいるようだった。

 立派なソファには、見慣れた彼のスーツが乱雑に置いてあった。



 「秋文、先に来てたんだ……。」



 千春は、大きな部屋の中をゆっくりと歩く。ふわふわのカーペットが足音を消して、その部屋はとても静かだった。


 千春が奥の寝室を覗く。

 すると、夜景の光が窓から見える、大きな寝室に彼はいた。

 スーツ姿のまま、大きなベッドで、静かに寝ていたのだ。



 「秋文……疲れてるんだよね。」



 千春は膝をついてベットの横に座った。千春が来たことにも気づかないで熟睡しているのは珍しい事だった。


 千春は、彼の寝顔をジッと眺めていた。

 彼と結婚してから、秋文の寝顔を見れる事は増えた。それでも、なかなか見れないのは彼が早くに起きていて、遅くまで仕事をしているからだった。

 今は、同じ時間に起きるようにしているけれど、目覚ましを止めてすぐに起きるのは彼だった。


 いつも時間を無駄にしないで、テキパキと動く彼は、すべてサッカーのためだった。

 サッカーをするため。自分で納得した動きをするために鍛えるし、早くに起きて頭を覚醒させてプレイを考える。

 そんな彼のスタイルは、きっと小さな頃から変わらないのだろう。


 それも、あと少しで終わってしまう。

 それだけでも悲しいはずなのに、それさえも急になくなってしまったら………。

 そんな事になったら、彼はどんな顔で、どんな気持ちになってしまうのだろうか。

 千春は考えたくもなく、目をギュッと瞑った。




 けれど、ゆっくりと目を開けてみると、目の前にいるのは、いつもの幼くあどけなく見える秋文の寝顔だった。

 こんな穏やかな彼の表情を守りたいと、千春ら強く思った。




 

 千春は、秋文が寝ているベットに上がり隣に寄り添うように寝転がった。

 そして、千春は彼を起こさないように近づく。

 秋文の香りと体温を感じられる距離まで近づくと、千春はふーっと小さく息を吐いた。やはり彼の傍が1番安心できる。

 そう思えて、体の力が抜けていった。


 千春も目を閉じようとした時だった。



 「ぅ………あぁ、千春……?」

 「秋文……起きた?」

 「………あぁ、悪い。寝てたみたいだな。」

 「ん………ど、どうしたの?」



 秋文が目を覚ましたようで、近くに千春がいるとわかると、すぐに抱き寄せてくれる。

 千春は嬉しくなって顔がニヤついてしまう。



 「……なんか、おまえがアメリカから帰ってきた時みたいだな。」

 「あ………私が寝てしまってたんだよね。起きてすぐに秋文が隣にいてくれたの、嬉しかったなぁ。」

 「俺もそうだよ。あの時も、今も……。」



 秋文はそう言うと、先程よりも強く千春を抱きしめた。

 千春は、秋文の背中に腕を回して、優しく抱きしめ返す。



 「悪かった。あんな思いをさせて。」

 


 秋文が言っているのは、報道陣に囲まれてしまったことだろう。何も悪いことをしていないのに、犯罪者のように強い質問をされ、問い詰められるのは確かに恐くてしかたがなかった。

 けれど、それぐらい我慢出きる。


 大切な旦那様のためならば……。



 「ねぇ、秋文。私は大丈夫だよ?あんなの平気だから。」 

 「そんなはずないだろ。おまえは何もしてないんだ。……こんな状態、早く終わらせるから。」

 「………秋文。これからどうするか決めたの?」



 千春は、彼の傍から体を話して彼を見上げる。 

 けれど、彼はこちらを一瞬見た後、すぐに視線を窓の外の夜景を見つめた。

 しばらく、何かを考えた後、ポツリと言葉を洩らした。



 「………上からの提案で、日本代表のリーダーだけ降りたらどうかと言われたよ。それなら、日本代表でも変わらずにプレイ出来るし、世間を騒がせた責任もとれるんじゃないかって。」

 「そんなっ………!」

 「それが周りにも、お前にも、迷惑かけないですむ方法なのかもしれない。」

 「秋文は、それでいいの?」



 千春が少し強い口調でそういうと、秋文はやっと千春の方を向いてくれた。その表情は、切なく、そして困った時のものだった。



 「………それが1番なのかもしれない、とは思ってるよ。」



 諦めたように言う秋文を見て、千春は頭に血がのぼるのを感じた。

 自分の感情がどんどん高まっていく。千春が気づいた時には、先程まで彼を抱きしめていた手が、彼の顔にむけられていた。

 そして、秋文の頬をつかんで引っ張っていた。


 「なんで、そんな事言うの?!」

 「ちぃ、へぁるぅ?」

 「秋文は悪いことしてないのに、責任とる必要なんてないじゃない!?」

 「………いはぁい……。」

 「それで辞めちゃったら認めた事になるんだよ!?せっかく秋文を応援してくれた人も、そう思っちゃうんだよ。私は嫌だよ………。」

 「………。」


 千春は、ゆっくりと手を離してから、彼の胸に顔を埋めた。



 「……昔ね、秋文の海外移籍を無理矢理押し付けたのかなって悩んだ時もあったけど、今はよかったと思ってるの。今、とても楽しそうにサッカーしている秋文がいる。きっと、いろんな事を経験したからだよね。」

 「……そうだな。」

 「憧れてた日本代表でリーダーになるなんて、すごいことなんだよね。だから、やりきってよ。こんなことで諦めて辞めたりしないで。」



 千春は涙を隠すように彼の胸に強く抱きついた。けれど、秋文が体を離して、千春の顔を覗きこんできた。そして、泣いているのがわかると、苦笑しながらも指で涙を拭ってくれる。



 「千春………。」

 「秋文のバカ……簡単には大好きなサッカーのこと諦めないでよ。」

 「おまえ、またメディアの奴らが追いかけまわすかもしれないんだぞ?それに、マンションの人達にも迷惑かかるかもしれない……。」

 「私はいいの!それに少しぐらい迷惑かけてよ。私は秋文の奥さんなんだよ?家族なんだからそれぐらいは迷惑でもないよ。マンションに迷惑かかったら、警察を呼ぶわ。」

 「…………くくくっ。」

 「えっと、秋文??」



 千春が怒った勢いで言葉を吐き続けていると、何故か怒られているはずの秋文が、面白そうに笑い始めたのだ。

 千春は何故彼が笑い始めたのかわからずに、また彼の頬をつまんだ。



 「なんで怒ってるのに笑うの!?」

 「ぁかぁはぁーー……。いへゃい……。」


 かろうじて、「いたい。」と言っているのがわかったので、千春は渋々手を話した。

 彼は頬を手で擦りながらも、まだニヤニヤしている。


 「もう、だから笑わないでよ。」

 「いや、俺の奥様はたくましくてかっこいいなと思って。」

 「……それ、言われても嬉しくないよ。」

 「俺は嬉しかったよ。そうだよな、家族なったんだよな。………少し足掻いてもいいか?」

 「……うん。」



 彼の言葉を聞いて、千春は笑顔で頷いた。


 彼がまた「責任はとらない。日本代表も辞めない。」と、言ったらきっとメディアで騒がれる事だろう。

 けれど、千春はもう怖くなかった。

 何を聞かれても、「秋文を信じています。最後まで応援するだけです。」と言えばいいだけだと、千春はわかったのだ。


 彼の夢を最後まで応援するのが、千春の願いだ。

 もう、千春も秋文も迷わないと決めた。

 そして、騒ぎにも負けないと。







 「責任は、試合に勝利して返すさ。」

 「……うん。それが、1番かっこいいとおもうよ。」

 「………ありがとう、千春。」



 秋文は優しく微笑むと、ゆっくりと千春に顔を近づけた。

 けれども、千春はそれを手で防いでしまう。



 「………なんだよ。キスさせてくれないのか?」

 「これでも怒ってるんだよ?諦めようとしたこと、嫌だったんだから。」

 「だから、明日また説得してくるさ。」

 「じゃあ、明日までキスもだめ!」



 千春は、くるりと秋文と反対側を向いてしまう。すると、後ろから抱き寄せられて、「折角、こんな部屋に泊まってるのに、何もしないのか?」と、色気のある声で耳元で囁いてくる。

 耳は千春が弱い部分だと知ってわざとやっているのだ。


 千春は顔を真っ赤にしながらも、彼の甘い誘惑に耐えるようにベットに横になっていた体を起こした。



 「今からお風呂に入ってくるよ。こんな豪華なお風呂に入れるなんて嬉しいな~。」

 「俺も入ろうか?」

 「だめ!」



 千春がスタスタとお風呂場を探しに行くと、後ろから彼の笑い声が聞こえていて、千春もおもわず微笑んでしまう。


 

 秋文なら大丈夫。

 信じているからこそ、こうやって笑えるのだと、千春は笑顔になりながらそう思った。





 


 

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