片山涙怖とは如何なる女だったのか④

 当日、やってきた巨勢は目を丸くした。

 「おまえ女かよ?」

 富嶽という名前のせいで、てっきり男と思って応じたらしい。

 「はい、あなたの戦績に泥をつけるのは女です、ただし、女性を殴れないというあなたの弱点に漬け込むのではなく実力で!」


 この頃、富嶽も九歳にして百七十センチに達しており、上は親類のお姉さんから貰ったセーラー服、下はジャージの体操服という出で立ちであった。

 「私の体格と技量ならば、あなたも出さざるを得んでしょう?」

 「アホらし。帰るぜ」

 両手を広げて威嚇のポーズを取るも男は背を向けてしまった。


 「敵前逃亡ですか?」

 「俺は弱いものイジメはしねえ主義だ」

 「男の子にはひどい仕打ちをしたそうじゃないですか」

 「女は非力だしよ。子供を産む大切な体には絶対手を上げねえと、この拳に誓ってんだよ。たとえ体格ガタイがよくても、格闘技の有段者だろうとな」

 「そうですか──」

 これ以上、男の言い分に耳を傾けてはいられなかった。富嶽は巨勢の制服の襟を掴むや青空に向かって放り投げた。


            ──回想中断──


 「何秒で勝負はついたんだ?」

 重光も富嶽の勝利を微塵も疑わない。

 「それが巨勢さん、なかなか強情な方でして三分はかかりました」

 「富嶽さんにしちゃ、ただのケンカが強いだけの男に時間かけ過ぎだね」

 大女おとめの実力をよく知る五一の評価は辛い。

 「彼が女性に手を出さないポリシーを曲げてくれることに重点を置いていたんで、秒殺というわけにはいかなかったんですよ」


            ──回想再開──


 「ぐはあっ⁉」

 背で地面を打ち、巨勢逸東太は吐血のごとき叫びをあげた。

 手心を加えて五分の力ではあっても、大女おとめの剛腕で投げられては受け身を取るのも困難、さしもの猛者もたちまち失神寸前に追い込まれた。

 「気取ってないで戦ってくださいよ巨勢さん」

 「お……女とは戦えねえって言ってんだろ……」

 「はあ~、これだ」

 お次は巴投げで男の長躯が半円を描いて飛ぶ。


 「まだ、やる気になれませんか?」

 「こ……この拳に誓って……」

 「そんなすかしたことばかり言うより、本気で私にパンチでもプレゼントしてくださる男性のほうが、よっぽど素敵なんですがね」

 富嶽には男の矜持が理解できない。ただの愚劣な思想だ。

 「ま、つまらん意地で手向かいせぬまま倒されるのもあなたの勝手。ただし、こちらの勝手も通させていただきます」

 這いつくばる巨勢の頭を地面に押し込んで決着とした。


           ──回想終了──


 「……結果論ですが無抵抗の相手を痛めつけてしまいました。さて、私のやったことは弱いもの虐めでしょうか。皆さんの判定を仰ぎたい」

 誰もがむうと唸った。富嶽のポリシーを肯定したいところではあるが。

 「若先生は間違っておられません」

 硬直した空気を粉砕したのはもちろん伊良忠太だ。


 「相手は主義を維持したままで、若先生を軽視した言動を続けたのですから、逃げ回る相手を追い詰めて痛めつけるようなケースには当たらないと思います」

 「あなたにそう言っていただけると気が楽です」

 グラブをはめたような大きな手が少年の禿かむろ頭を優しく撫でる。


 「ですから皆さん、気に食わないとかの理由で、他人にケンカをふっかけたりしてはいけませんよ」

 「何その矛盾しまくりの指令」

 再び怪訝な表情になった一同を代表して半六が言葉を返す。

 富嶽もまとめ方に無理があったかと地下ロビーの天井を見つめた。

 「私は……心に愛があるからいいんです」

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