片山涙怖とは如何なる女だったのか③

 富嶽はお茶をすすって一呼吸おいた。

 「きっと母様は子を産むことだけを女の価値にするなと言いたかったのでしょう。子を産む以上の仕事を残せる女になれと」

 「……それで母様を超えることはできたのか?」

 カップを両手で握りしめて重光が問う。生憎と給湯室には湯飲み茶碗は常備しておらず、日本茶もコーヒーカップで飲むしかないのだ。


 「今では互角以上と思うのですがね。熊退治以外で母様に誉めてもらったことといえば、小学三年生のときに高校生と野試合で勝ったときぐらいです」

 「先輩のことですから、不良に絡まれた友達を助けてとかですね?」

 「いえ、常に立派な動機で戦うとは限りません」

 幽香の予想に笑って首を振る。

 「私から果たし状を送り付けたんです」


            ──回想──


 さる快晴の日、九歳の富嶽は巨勢逸東太こぜいっとうたなる男子と対峙していた。

 巨勢は小学四年生以降、ケンカで一度も不覚を取ったことがないのが自慢の素行不良な男で、地元では知られた猛者であった。


 一柳町不良界の切り札、人間ロードローラー、陸の浮沈艦など、彼の無欠の戦績に贈られた綽名は数知れず。富嶽が修めた武芸泰山鳴動流の道場生ですら、彼と往来で行き合えば避けて通した。

 そこは富嶽も同様であったが、かといって決して巨勢を恐れたわけではない。

 ただの不良ごとき眼中にはなかった。しかし、わざわざ自分からケンカを売ってみたくなる失言を巨勢がしたのが悲劇の始まりだった。


 「女に産んでもらった身だ。女だけは殴れねえ」

 他校の不良グループと交戦した際、男子メンバーは容赦なく叩きのめしたが、一味を率いる女リーダーにはそう言って手をかけず立ち去ったというのである。

 伝聞で知ったとき、他人ごとながら富嶽は反射的にムカッときた。


 (女だけは殴れないときたか……)

 良い信条だ。良い心掛けだ。だが、自分は好かない。

 不良同士の抗争とはいえ、複数の男子を病院送りにまでしておきながら女子だけが無傷、このことが妙に癪に触って仕方なかった。


 母に見解を求めたところ「倒せ」とシンプルな回答。父からは命だけは助けてやる代わりに実力差は知らしめておけとアドバイスされた。

 お墨付きをもらって大柄な少女は喜び勇んで手紙を書いた。


 〝巨勢逸東太どの。あなたは不良仲間でケンカをしたとき女の人だけ見逃したそうですね。いい格好しすぎです。ちょっと強いからといって天狗になりすぎなので、わたしが少しこらしめてあげます。お時間があれば、明日の三時半ぐらいにガタロ沼のそばのブナ林を抜けたところにある原っぱまで来てください。わたしはひとりできます。ものすごく強い片山富嶽より〟


            ──回想中断──


 「それで来たのか巨勢くんとやらは?」

 「はい、富嶽という名前のせいで、てっきり男と思ったようですね」

 「勝敗は?」

 わかりきってるけどという顔で半六が聞いた。

 「気の毒ながらこっちの流儀スジを通させてもらいました」

 


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