片山涙怖とは如何なる女だったのか②

 片山富嶽が亡き母・片山涙怖かたやまるふについて抱く印象は、特大の筆をもって一息に描きあげた山水画のごとく剛毅な女ということであった。


 「とにかく母様は私より大きい人でした」

 熱い緑茶を一口舐めて、大女おとめは語り始めた。

 「富嶽さんより⁉」

 半六と幽香が思わず目を見張る。

 「存命中の話です。今では追い越しましたが、それでも百九十はありましたね」

 「二人並ぶと壮観だったろうね」


 体格のいい女子生徒の多い羅刹女伝道学院においてさえ、身長が百九十に届く者は滅多におらず、二メートル越えに至っては富嶽ただ一人だ。

 「町内ででかい女が二人住む家といったら片山うちのことでしたな」

 富嶽は雄大な伊吹山脈を映す湖水を思い浮かべた。


            ──回想──


 「富嶽、母を尊敬しておるか」

 父との修行の後、唐突にこんなことを聞かれたのは十一の夏。

 欣吾が風呂を焚いてやろうと薪割りを始めたので、富嶽と涙怖は縁側に腰を下ろし、手拭いに汗を吸い取らせていた。


 「尊敬しております」

 「如何なる理由で尊敬しておる」

 「両親を敬うのにもっともな理由が必要でしょうか。自分を産んでいただいたというだけで感謝するものと世間では決まっているようです」

 「世間が産んでもらって感謝せよと言うから、おまえもするのか?」

 「え? いやいや」

 素直な返事を、つっけんどんに投げ変えされた気がした。


 「世間が親など糞食らえと言い始めたら、おまえも母を馬鹿にするか?」

 「滅相もない」

 「甘いわ。母がおまえを産みたるは父と談合した結果であり、そこにおまえの意志など介在しておらぬ。よって産んでいただいたと恩を感じる義理もない」

 「確かにそうですが……」

 言い淀む娘に涙怖はたたみかける。

 「女は子を産むから偉いというのは、ただの逃げ口上よ。他に芸のない女を憐れんでおるからじゃ」


 「では、母様の芸は……?」

 「母は母ゆえに偉きにあらず。母が偉いのはおまえより強いからじゃ」

 「つ、強いからですか⁉」

 「事実であろう?」

 「はい、今はまだまだ……」

 「よって、母を超えたら遠慮せず見下せい」

 「……覚えておきます」


 殺風景な論理だと思った。しかし、自身の出生は親の都合で決められたことであり、この世に生まれてきたいですと願い出たわけではないことも事実だ。

 偏屈なようで一応の筋が通った理屈であると富嶽も後に納得した。

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