片山涙怖とは如何なる女だったのか①

 「富嶽さんのお母さんて、どんな人だったの?」

 熊退治の話が終わると半六がこう尋ねた。

 「私の母様ですか?」

 「うん、お父さんの話はよく聞くけど、お母さんの話って、あまり富嶽さんの口からきいたことないから」

 最近の彼は瞳の色までエメラルドに近づいてきている。


 「ああ、俺も興味あるな」

 重光も興が乗ってきたらしく身を乗り出した。やや凄みを感じさせる色男は半六とは好対照ながらも良いコンビである。

 「よかったら拝聴してみたい。富嶽さんが熊を倒したときの反応だけでも相当な女傑だったことはわかるんだが」

 事情わけあって重光と半六とは同学年だが、富嶽が一つ年上なので、彼らは富嶽さんと呼ぶ。


 「故人を思い出すのが辛いなら無理強いはしないが」

 「別に辛いってことは……」

 「わたしたちの大先輩ですよね?」

 「幽香さんも……」

 「いいじゃん富嶽さん、聞かせてあげたら。情報を小出しにして大衆を満足させてあげるのが中枢人物スターの心得だよ」

 「私も改めて若先生のお母さまについて聞きたいです」

 五一と忠太からもリクエストが入る。こうなると無敵の大女おとめも、あくまで拒否するわけにはいかなくなった。


 「皆さん好奇心旺盛ですなあ。わたしの母様の話と言いましても、とにかく強烈な自分を持っていた人で、一体どの話をすればいいのやら」

 母の涙怖は、とにかく印象的なエピソードには事欠かない女だった。

 亡くなって四年たつが、記憶は薄れるどころか、湖国の山と合一を果たした魂が常に自分を見守っているような気さえする。


 「富嶽さんの話しやすいところからでいいよ」

 急かす意はないことを半六が述べ、忠太がまめまめしく立ち上がった。

 「では、お話が始まるまで私はお茶を淹れてきます。給湯室にはコーヒーと紅茶と緑茶がありました。先輩がたのご希望はありますか?」

 「あ、わたしも手伝う」

 幽香も席を立とうとするのを忠太が笑顔で遠慮した。


 「私たちの役目です。どうか先輩は座っていてください」

 「じゃあ……煎茶お願いしていいかしら?」

 「右に同じ」

 「僕はコーヒー、砂糖いらない」

 「かしこまりました」

 「僕はカフェオレ、牛乳ガンガン入れてね」


 さも当然のごとく注文する五一の耳を忠太がつねりあげた。

 「いでええええ」

 「おまえは手伝うんです──」

 常に物腰柔らかく低姿勢な少年だが相方にはとことん厳しい。

 ものすごい顔をして給湯室まで引っ立てていく。

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