富嶽かく語りき⑥

 「横田さん……見損なってもらっちゃ困りますな」

 椅子をずらして富嶽が立ち上がると栄姫は後ずさった。

 先生よりでかい女子なのだ。百八十の長躯は小学校という空間においては明らかに異様、行き場を間違えた高校生か教員と誤解されることも度々あった。


 「ななな何よ⁉ 栄姫、何か悪いこと言った⁉」

 姫が気圧されていると見るや、素早く背後の男子が間に入った。

 無言ではるか上背のある女子を睨む。女に手出しはしない、しかし姫に手出しする者を看過できない矜持の間で揺れているといったところか。


 「忠勤ご苦労さまです」

 富嶽は苦笑する。きっと彼らは姫のためなら命を棒に振っても惜しくはないのだろう。そんな男児たちが小賢しくもあり不憫でもあった。

 「これこれ、坊ちゃんがた」

 センターに立つ二人の間に両手を合わせて差し込むと、さーっと数人の男子を左右にかき分けた。

 「たかの知れた女性のために身を誤ってはいけませんよ」

 カーテンを開けるぐらいの力で、あっさり姫を守る壁を突破したのだ。


 「み、みんな姫を守れ!」

 右に四人、左に四人、合わせて八名の勇士たちは両側から肩で押し寄せたが、一度開けられた道を塞ぐことは叶わなかった。

 全員息切れして、床に座り込んでしまう。

 「離れていてください。ケガをするといけませんので」

 「ちょっと! しっかりしてよ男子!」

 側近女子が激を飛ばすが、姫君を守るどころか敵対者に気遣いされた上で退かされてしまった親衛隊は完全に顔色を失っている。


 「男の子に無理を言ってはいけません。私の前進を阻めだなんて」

 側近たちを叱責してから、王女様を見据える。

 「ねえ横田さん」

 「うっ……」

 意外にも栄姫は逃げなかった。盾を失っても姫と呼ばれた女のプライドがある。膝を震わせながらも大女おとめと正面から向き合った。


 「お、怒ってるの? 栄姫は熊に勝てるかって聞いただけじゃない」

 「無責任なことは言いたくないし、臆病者と思われるのも嫌なので、やってみなければわからないとお答えしておきます。でも横田さん、名誉を惜しむ人ならば、いい加減こういうやり方はやめたほうがいい」

 「やり方?」

 「人垣を作って他人をいじめる手口ですよ」

 「栄姫はそんなことしてないでしょ⁉」

 「そりゃあ、黙っていても動いてくれる家臣が大勢いますものねえ」


 みるみる栄姫の表情が険しくなり、取り巻き連中も口々に富嶽を責めた。

 「片山さん、いくらなんでも言い過ぎだよ!」

 「言い方ってもんがあるでしょ!」

 「姫に恥かかせるなんて!」

 ここぞとばかりに放たれる集中砲火を富嶽は片手で払った。


 「立場のある人は大変なんですなあ。あ、閃いた!」

 天啓を受けて富嶽は両手を打ち合わせた。

 「恥ずかしくない立場になればいい。横田さん、私が熊の潜伏する山で一晩過ごして帰ってきたら、姫の看板を下ろしてくれますか?」


            ──回想中断──

 

 「富嶽さんて、小学生の頃からそんな口の利き方だったの?」

 青草のような頭髪を弄りながら半六が聞く。

 「子供らしさに欠けると指摘されたこともあります」

 小学生離れした体格に加えて、慇懃無礼な口調ときては、相手次第では誤解を招きかねないことを富嶽も理解していた。

 「しかし、ガラの悪い口調が立派とされるなら私は口を閉ざします」

 「反感買いそうだよね。僕は富嶽さんの味方するけど」

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