富嶽かく語りき②

 「ちなみにクマの大きさ、体重は?」

 「後で計ったら三百キロ近くありました」

 「三百キロをリフトアップか……」


 「富嶽さんの故郷って滋賀県の山奥だよな?」

 こう尋ねたのは半六の親友で、伝道学院二年の根室重光。

 やや陰のある、とっつきにくそうな色男だが、冷静かつ情に熱く、常に立場の弱い側の肩を持つ性格には富嶽も信頼を寄せている。


 「三百キロといったらヒグマ並みの大きさだぜ」

 「確かにツキノワグマではありえない大きさでしたが、喉のあたりにトレードマークの月の輪模様もありましたからね。真ん中が途切れていて、割れ三日月とも呼ばれていましたよ」


            ──回想──


 手痛い反撃を受けても熊は逃げなかった。

 いっそうの獰猛さを以て、藪から飛び出し、後肢で立ち上がって威嚇する。

 身の丈三メートル強。ヒグマと見紛うほどの巨体だが、ここは滋賀県の山中なのでツキノワグマの異常成長した個体であろう。

 規格外の巨熊の出現は、獣害に不慣れな村民を慌てふためかせ、人間の引け腰な態度がすっかり熊を大胆にさせ、好戦的にもさせていた。


 私の投げ技に耐えるか──富嶽も受けて立つ。

 熊には及ばずとも、この時点で身長は180センチを超え、並みの成人男子以上にがっちりした体格に仕上がっていた。力負けしない自信がある。

 一人と一頭の闘争本能が森閑とした山中で無音の火花を散らす。スタートを切ったのは大女おとめのほうだった。

 突進しかけて膝を着く。張り手を食らったのだ。


 熊に襲われた遺体の多くが顔面を叩き潰されている。人間の視線を熊が厭うためだ。しかし、富嶽の打たれ強さは人外の領域、常人ならば鼻をそぎ落とされているところを、顔面に比較的浅い裂傷が走るにとどまった。

 「よくも──!」

 流血が日頃温和な大女おとめを変えた。

 怒りは闘争心を呼び起こし、闘争心は慈悲深さを封じ込む。


 今度は前脚で叩き払う暇も与えず、野獣のど真ん中へ頭から突っ込んだ。山暮らしで鍛えた足腰のバネを活かした人間ミサイルが炸裂する。

 毛皮越しに衝撃を内蔵に送り込み、両腕で熊の胴を締め上げる。

 「どうだどうだどうだあああ!」

 泡をふいて熊は暴れた。密着状態では有効な反撃ができない。爪で引っ掻いても娘の道着が裂けて、背中に掠り傷ができるばかり。


               ──回想──


 「片山先輩って熊とも格闘できるんですね……」

 肩にかかる黒髪の少女が、冷や汗を浮かべつつも感心する。

 重光の妹で高等部一年生の根室幽香は、兄とは対照的なおっとりした少女でありながら怪力の持ち主で、いわばプチ富嶽ともいうべき存在である。

 「私もすっかりトサカにきていましたから」


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