第8話 パートナーの概念2
「わたし、パートナーは、背中を預け合うような存在だと思っていたんですよ。――仕事でも、プライベートのパートナーも。お互い自分でしっかり立って、それぞれの方向を向いて、他は気にしなくても大丈夫、みたいな」
「それはずいぶん戦闘体制ですね。アニメの共闘キャラみたいな感じですね」
「ああ、そうですね。確かにそうかも」
これも言われて気がついた。
結局相手に向き合うのが恐くて、そういう形を望んでいたのかも知れない。背中を支え合って、真正面だけを見ていて、それでも安心できるような。
「でも、人生のパートナーって、それじゃダメだったんですね。わたし、自分の前ばかり向いてて、後ろをちゃんと確認してなかったんだなって」
わたしはモヒートに沈み込んだミントを眺めながら、小さく笑った。
「わたしは背中を預けてもお互いに大丈夫、って思っていたけど、彼は彼で大変だったのに、気付かなかっただけなのかも」
たまに仕事の愚痴を話したりすることはあったけど、彼はあまり感情的になるほうじゃなかった。静かに話して、落ち着いているタイプだった。
だからわたしはそれに寄りかかりすぎた気がする。
「時々振り返って、相手の様子を確認しないとやっぱりだめだと思うんです。わたしは自分に余裕がなくて、自分がしっかりしないとと思いすぎて、彼が時々わたしの様子を見てくれて声をかけてくれても、大丈夫だから、心配ないからって突っぱねていたんだと思います」
なるほど、とうなづき、岡崎さんはエビのフリッターをつまんだ。ぽい、と口に放り込み、考えながら飲み込む。
「有名な格言がありますよね。――まあ、結婚式の祝辞のお決まりの文句ですが。愛とは、相手を見るのではなく、お互い同じ方向を向くこと。星の王子さまの作者の、サンテグジュベリの言葉だそうですが」
「ああ、聞いたことがあります」
「少なからず、パートナーというのは、自分ひとりでは形成できないチームなのですから、意思の疎通は必要だと思うんですよ。向かい合うのではなくて、背中合わせでもなくて、同じ方向に意識を向けらけられるのは大事だと思います。色々きっかけはあったとしても、パートナーとして、長く時を同じにするつもりであればね。趣味が同じとか、出身が一緒だとか、食べ物の好みが合うとか、そういうのだと意志の疎通はかりやすいかもしれないですね」
「報告連絡相談ですね」
仕事みたい、と思ったが、結局人と関わり合うというのは、そういうことなのかも知れない。
「そうですね。相手は、自分ではない人間という意味では、他人なわけなので。ぼくは、同じ方向に意識が向いていれば、背中合わせもいいと思いますけどね」
焼酎のロックを顔色一つ変えず飲みながら、岡崎さんは微笑む。
「アニメとか映画の共闘って、最終目標が違う同士でたまたま目の前の敵が一緒で、一時的に手を組んだりするじゃないですか。そういうときでも、背中を預け合ってるときは、同じ目標に向かってると思うんですよ。敵の城から脱出するとか、誰かを助けるとか。そのへんの意識が共有されてれば、別に普段がどういう姿勢だっていいと思うんですよね」
「わたしと彼は、そこまで意思の疎通が図れていなかったんです。それは、確実にわたしのせいです」
この能力のせいで、人に一線をひいてきた。
「わたし、全然気づけなくて。彼を追い詰めていたのかもしれない。ほんとうに情けない」
「こういうのは、どちらかが悪いと言うことはないと思いますよ」
岡崎さんは、にっこり笑って言った。
「彼も悪いし、あなたも悪い。彼は悪くないし、あなたも悪くない。誰かと行動をともにするということは、自分一人ではできないんですから。あなた一人の責任ではありませんよ」
たぶんね、と彼はつけたす。
「事情を詳しく知らないので、偉そうに言いました」
「いえ、こちらこそ話せて良かったです。スッキリしました。ありがとうございます」
異能力のこともあって、自分の感情の変化には敏感で、なるべく客観的に見るように気をつけてきたものの、それを気にしすぎていた。それ自体がエゴだったのかも知れない。
あなたは悪くないと言われたかったのではなくて。
それも、嬉しかったけど、たぶん、心からこうやって思っていたことを話せたことが、ちゃんと意見を言ってくれたことが嬉しかった。
「わたし、面と向かって、本音で話すのが苦手で。今度からはせめて、メールでもっと連絡をとったり、違う方法を模索してみるべきなのかも……」
砂川さんみたいに、メールが届かないなんてことがやたらに続けば、また新たな誤解やイラだちを生むことになりそうだけど。考えると苦笑してしまう。
「どうかしました?」
「今回の依頼をちょっと思い出して」
わたしはなるべくぼかしながら話した。岡崎さんは催促せずに、ふむふむ、と聞いてくれる。
「今回の依頼人が、すごく女性に対して、なんというか、精神的に距離の近い人なんですが。恋人……? とのメールが届かないとかで」
へえ、と岡崎さんは驚いた表情を浮かべた。それから少しイタズラっぽく笑う。
「誰かメールの配達をサボっているんですかね」
――メールの配達。
その言葉に、わたしはすこしぽかんとする。当然、メールもチャットアプリも、郵便とは違う。物ではないから、誰も配達はしない。
砂川さんは、「特に女性からのメールが届かない」と言っていた。自分から送ったのも同じだと。
ただ、女性とのやりとりの多い人だし、そう思っているだけの可能性もあった。だから手順通りに、電波障害の可能性をつぶすために、色々と調べたり機械を手配したわけだけど。
だけども、メールというのは要するに、電子データであっても手紙だ。砂川さんの場合、女性とのやりとりは恋愛からみが多いだろう。
黙りこくったわたしに、岡崎さんは恥ずかしそうに小さく笑った。
「すみません、おっさんくさかったですか」
「――あ、ごめんなさい。仕事のヒントがちょっと」
わたしは慌てて、すみません、と小さく頭を下げた。
「え、ほんとですか? それは良かった。今日ぼくと会って正解でしたね」
岡崎さんは今度はすこしドヤ顔を見せてから、ぐいぐいと焼酎を飲んだ。気を遣ってくれているのか、素なのか、わたしに気負わせないでいてくれるのが、嬉しかった。わたしもお酒のグラスを手に取った。珍しく素直に言葉が出てくる。
「こういうの、すごく楽しいです。飲み友達みたいなの、はじめてで。けっこう貴重ですよね」
焼酎のグラスを戻して彼は、おや、と、眉を上げる。
そうですね、と笑った。
わたしは何気なくおしぼりで手を拭いてから、彼に手を差し出す。
「猫の動画、見せて下さい」
「あ、やっぱり見たいですか? うちのかわいい姫の動画」
相好を崩して、岡崎さんはスマートフォンを掲げた。
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