第5話 再会
押し問答をしていても仕方ない。
「気になっているのは、あそこの道路だけですよね? ベランダに簡易的な監視カメラを設置してもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
栄くんが砂川さんに断って、ふたたびベランダに出た。会社から持ってきていた小型の監視カメラを、強力両面テープで手すりのへりに設置する。
わたしはタブレットを二台バッグから取り出して、ローテーブルの上に設置する。ふたつとも同じように映るのを確認した。
やはり、外に不審な女性の姿はない。
「これ便利ですね」
赤外線の監視カメラから送られてくる画面を、砂川さんは興味津々で見ていた。
監視カメラからの映像も問題なく飛んでくるし、やはり普通の電波障害ではないような気はする。
「モニタ、ここにひとつ置いておきますね。わたしたちも別の所から確認していますので。さきほどお約束した時間帯には、戻ってきますね」
「え、別にずっといてくれてもいいんだけど」
「さすがにご負担でしょうから。他に確認することも色々ありますので」
「そうなんだ」
砂川さんはすごく残念そうに言う。
一人でいるの寂しいじゃん、と言っていた姿を思い出す。けれど今のところ、護衛は依頼の内容に入っていないし、こちらもやるべきことがある。
再び外に出て、近隣のレストランで昼食を取りがてらずっとモニタを見張っていたけれど、それらしい姿は見えない。電話であちこちの業者に確認をしてみても、やはり電波障害や通信業者の障害ではなさそうだった。
あとは徒歩で、電波妨害を行っているような人が近所にいないか探す必要がある。通信や電波にからんだ異能力は、いまのチームにはいないし、追加要員を投入するのも難しそうだから、会社から機械をとってこないといけない。
ただ、今日は間に合いそうにないから、明日会社によって持ってくることにした。電話で総務に機械の確保を依頼する。
前もそうだったけれど、ルーティーンで動いている相手は、異物がルートに割り込んでくると、行動を中断したり様子を見ようとしたりすることがある。悪いことをしている自覚がある場合もそうだ。
今日はもう誰も来ないかもしれない。
夜になって、普段砂川さんが帰宅するという時間に例の場所に来てみても、やはり道路には誰もいなかった。砂川さんの家に再びお邪魔して、さっきまでの調査の結果を手短に報告する。
この時間帯は、それらしき人が来たときにすぐ対応出来るように、外で見張っていようかと思ったのだけど、わたしたちがずっと立っているのも悪目立ちしてしまう。狭い道だし、ここを見ていられるようなカフェなどのお店も無かった。
「やっぱり、変だよなあ。幽霊だと思うんですよね~」
チューハイを飲み、ポテトチップスをかじりながら、砂川さんはぼんやりとした様子で言う。
鈴木さんはずっと画面を見張っている。人通りは多くはないものの、車も時々通るし、街灯がないというわけでもない。
「あしたは、社用車で近くの駐車場で待機していますから。ずっとお邪魔して申し訳ないです」
「別にいいのに」
ふと画面の中、マンションの前を歩いている人の姿がうつった。ドキリとする。
女性ではない、スーツを着たサラリーマンだ。マンションに入ってくる。
直後、チャイムが鳴った。
「あれ?」
モニター付インターフォンの画面を覗き込んで、砂川さんは髪をかいた。応答のボタンを押す。
「どうしたんだよ」
「どうしたって、お前なあ。いいから開けろ」
聞き覚えのある声が、スピーカーから聞こえてくる。
――まさか。
わたしは思わず腰を浮かせそうになる。砂川さんは紹介でうちの会社を知ったと言っていたけど、まあ、それくらいなら大丈夫かとたかをくくっていた。
はいはい、と砂川さんはオートロックを解除する。
あれ、どうしよう。
わたしは、自分でも思いも寄らないくらい、動揺してしまった。
栄くんと鈴木さんがいなかったら、もっと挙動不審になったかもしれない。新人二人の目線が、わたしをなんとか冷静に保っていた。
そうでなくたって、こんなに狭い空間で、人が密集しているのに、意識を乱したらどうなるか。
彼のことよりもとにかく、自分の異能力がおかしな方に発動しないように、なんとか気を落ち着けるほうに集中した。
しばらくして、またチャイムが鳴った。さっきとは少し違う音だ。砂川さんはクッションを放り投げて玄関に向かった。
「井内、いらっしゃーい」
あのなー、と呆れた声が聞こえる。スピーカーの時よりもとても近い。
「やったー、ビール。さすが井内は気が利くなあ。わーい、たこ焼きだー」
「今日行くっていっただろ。電話で。心配してやってんのに、おまえ、女との約束以外ほんと忘れるよな」
「そうだっけ?」
「会社出たってメッセージ送ってたのに、なかなか既読にならないと思ったら、また届いてないのか。」
砂川さんが玄関から戻ってくる。
「もう全然届かない」
砂川さんはやれやれと手を上げながら部屋に戻ってきた。
「……おい、誰か来てんの?」
その後ろから、ソースの香ばしいにおいをさせて、すらりとしたスーツの男性が続いた。
コンビニエンスストアのビニール袋と、焼きたてのたこ焼きの入った袋をローテーブルに置こうとした彼は、その姿勢で一瞬固まった。
「あれ?」
そのまま、井内くんの人のいい顔に動揺が走る。
「――井内くん、久しぶり」
わたしは内心の狼狽を押し隠して、にっこり笑う。彼とは誕生日に、駅前の雑踏で別れて以来だった。
「え、なーんだ、やっぱり知り合いだったんだ。すごいんだよ、あんま当てにしてなかったんだけど、最近来てる女の子達の特徴ピタッと言い当ててさ」
「……へえーどうやったんだ?」
端から聞いていると、怪しい霊能者か何かのようだけど、あんまり変わらないかも知れない。
「そこは、企業秘密なので」
何かを察したのか、栄くんはただにっこり笑った。
井内くんは、わたしの異能力のことは知らない。
会社のことは調査会社としか教えていなかった。わたしの異能力のことは、井内くんも梨央も知らない。
誰にだって警戒されるこんな能力、誰にも言えなかった。
わたしのテレパスが明確にどういう性質の物かが分かったのは、入社してからだ。社員の能力を研究開発してや健康を管理する、能力開発課の検査などを受けてのことだった。
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