第4話 影についての記憶
わたしたちは砂川さんの部屋を一旦出て、いつも女の人が立っているという場所に来た。
マンションの前の一方通行の狭い道の脇で、大人が三人頭をつきあわせているというのも、おかしな光景だ。時折自動車が横を通り過ぎていく。
「まずはサイコメトリーですよね。監視カメラとか無さそうだし」
栄くんは電柱の横に立って、腕を組んで難しい顔をした。
「公道ってたくさん人が通るんで、情報がごちゃごちゃになるんですよ。まあ今回は、ストーカーか何か分からないけどずっといるみたいだし、時間帯もだいたい分かってるんで、大丈夫とは思うんですけど。意識が強く残ってそうだし、すぐ見つかるかなあ」
「頼りにしてるよ」
頼られる男ーと嬉しそうにいってから、栄くんは続ける。
「問題はメールの未達の件ですよね。原因が分からなかったらどうするんですか?」
「結局、電子機器からみの場合もあるから。一応そちらも調査して、ありそうな要因を排除してから、他の原因を探るしかないね。不明なら不明で報告するしかない。そのために期限を切っているわけだし」
なるほど、と栄くんはうなづく。それから、ハッとした様子で言った。
「あれ、幽霊だったら、サイコメトリーで見れるのかな。あんまり気にしたことなかったな。俺、霊感ないし」
あんまり幽霊とは思えないのだけど。なぜ依頼人がそんなことを言っているのか分からなかった。根拠があるのだろうか。
単純に、電柱の影にぼんやり立っているから、といいそうな雰囲気だったけども。
「鈴木さんがいてくれて助かった。わたしも栄くんも、霊感はないから、本当に幽霊だったら対処のしようがない」
鈴木さんは、え、という顔でわたしを見た。
「確か、霊感はあるという話だったよね?」
「はい、そうです。栄とは違って」
鈴木さんは、嬉しそうに頷いた。
「一言多いんだよ」
栄くんはあからさまに舌打ちをする。鈴木さんはそれを完全に無視した。
「幽霊とはあんまり思えませんけどね」
まあね、とわたしもうなづく。
「うーん……」
地面にしゃがみ込んでサイコメトリーを行っていた栄くんは、首をひねって唸った。
「見えないの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
難しい顔をしながら、反対側に首をひねる。
「髪の長い女性の姿が見えます」
なんだか既視感があって苦笑したくなったが、こらえた。
「それが依頼人の言っていた人かな」
「あの部屋を見上げてる人ですよね?」
栄くんは妙な確認をした。
「あとアッシュグレイのショートヘアの女性。大きめのティーシャツにラフなジーンズの」
「三階の砂川さんの部屋を見上げてる人?」
わたしも思わず確認してしまった。栄くんはただ頷く。
「それから、ショートボブをきれいに編み込んだ女性。レース襟のブラウスに、フレアスカート」
タイプが全然違う。
「すこしふくよかな感じの、セミロングの大人しそうな女性」
そのあとも、栄くんは色んな特徴の女性をあげる。3人くらい。
「まだいるの?」
思わず言ってしまった。
「いや、まあ、こんなところです」
「それって、本当にここ数日の記録なの? 二年の間に入れ替わり立ち替わりと言うことは」
それにしても多いとは思うけど。
「多分、ここ一週間くらい」
栄くんは複雑な表情をしている。
「俺、結婚願望あるんですよね。自分一人で生きていける気がしないんで、誰かとこう、支え合うみたいな感じで、お互いに依存せず、でも頼りにしてるみたいな」
唐突に語り出した。意図がわからなかったが、わたしは頷く。
「……いいね、そういうの」
「でしょ。だから、今いろんな女の子を吟味してるところなんですけど」
「おっと」
わたしは思わず苦笑した。
「チャラい」
鈴木さんが、顔面にこれ以上無いくらいしわを寄せて、吐き捨てた。栄くんはそれを完全に無視する。
「――で、どう思います?」
どう、と言われても。
「プライベートに踏み込むつもりはないよ」
「えー冷たいなー。踏み込んで下さいよー。見捨てないでー。ってそうじゃなくて」
オンオフを分けるいい上司のつもりだったのに。そこに苦情が来るなんて。
「上司からプライベートに口出しされたいなんて、変なこと言うね」
「いや、ちょっと、これ客観的に見たら、俺ヤバイのかなって思って。それか、実は何か商売でもやってるのかな、あの人」
栄くんは本当に困惑したような顔で、地面と、三階の部屋を見比べている。たくさんの女性達はそんなに衝撃的だったんだろうか。
「君、そこまでとっかえひっかえなの。一週間のうちに何人も押しかけてくるくらい?」
「いやさすがにそこまでは」
栄くんは慌てた様子で、手と首を横に振った。たとえそうだとしても、とわたしは続ける。
「砂川さんの雰囲気と栄くんの雰囲気は随分違うから、同じようなことになるとは限らないけど。相手がどういうつもりで一緒にいるのかにもよるんじゃないかな。お互いに割り切っているなら、ストーカーになったりはしないと思うけど」
ただ、最初がそうだとしても、最後までそうだとは限らないのが男女関係だ。
しかも砂川さんの場合は、ここまでやってきても部屋におしかけるわけではなくて、下からじっと見てるだけのようだし。
「他の部屋が目的だったりしますかね。だいたい、記録が残ってる女性の見てる角度からして、三階のあの部屋のあたりだとは思うんですけど」
「まあ……絶対無いとは言えないけれど、同じマンションの別の部屋の住民につきまとっている女性が、同じ場所でバッティングしているとは、あんまり思えないね……。鈴木さんは? なにか霊の気配とかある?」
鈴木さんは、軽蔑しきった顔で栄くんを見ていたが、わたしの問いかけに一瞬唇を引き結んだ。
その横をまた自動車が通り過ぎる。警察の立てる事故の看板などもないし、地縛霊がいて何か影響を起こすようなことは起きていないようだったけど。
「霊はいないと思うんですけど。何か、別のものがいそうな気はします」
それはそれでやっかいだった。
とにかく、状況を依頼人に再確認するしかない。
砂川さんの家に戻って、さっきと同じように部屋に通されるやいなや、わたしはつい詰め寄ってしまった。
「つきまとってるのって、ひとりじゃないですよね? なんかさっきの話しぶりだとひとりみたいに聞こえましたが」
「あ、ごめん。そうそう、ひとりじゃないよ。言ってなかった」
そこは言ってくれるべきところじゃないのか。あの口調では、相手はひとりかと思う。
栄くんは、サイコメトリーで見た女性の特徴をあげる。
「この中の誰か恋人?」
「どれもそうだし、どれもちがう」
――どれも、とはずいぶんな言い方だ。
幽霊だなんて、よく言ったものだ。
「すごいね、そんなの分かるんだ。俺ひとりも特徴言ってないのに」
少しも悪びれない様子で、感心した顔で砂川さんは言った。
甘く整った顔、やわらかい物腰、クッションを抱いて首を傾げている様子。モテるのはなんとなくわかるけど。
「いや、わかりますよ。みんなかわいいですもんね」
場の空気を和らげるように、栄くんが言った。だよねー、と砂川さんはにこにこ笑う。
「女の人はみんなかわいい」
お決まりのように鈴木さんが眉間にしわを寄せる。口に出さなくなっただけマシかも知れないけど、十分に顔で語っている。
「でも最初の、髪の長い人って言うのだけ心当たりないな。黒髪ストレート? 明るい色のウェーブとかじゃなくて?」
「そうです」
「忘れてるだけじゃないんですか?」
栄くんが頷くのにかぶせるように鈴木さんが強い調子で言ったが、砂川さんは、いやいや、と笑いながら首を振る。
「忘れないから」
謎の自信は何なんだろう。砂川さんは、クッションに顔を押しつけて、うめくようにくぐもった声をあげた。
「見たことあるような無いような」
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