線香花火

芥山幸子

君へ

形容し難い、夏の音がする。それは僕の視界を鮮やかに彩り、光っていた。何も考えずにただ無心で火をつけていた花火も、残りわずか。ふと見遣ると隣で君は、それをひたすらに振り回していた。


「何やってんの」

「見てみて、こうすると煙で空に絵が描けるよ」

「あんま上にすると火の粉落ちて危ないから、こっちにしな」


僕はそう言って君の腕を地面に向けさせた。白いチョークのようなものによって、得体の知れない何かが描かれる。


「すごいねぇ、夏のふうぶつしだ」

「それ、意味分かって言ってんの?」

「君は?」

「……分かんないけど」


なんだそれ、とお互いに自然と笑みが零れながらも、コンクリートの焼け焦げる匂いに、ああ、やっぱり夏だなと思う。

でも、その美しい灯りも永遠ではない。

はたと止まり消えた輝きが気づけとなって、僕は急に現実に引き戻されたような心地がした。心に寂しさを覚えながら水の入ったバケツに、じゅっと音を立てて入れ込む。


「終わっちゃったね」

「そうだな」

「最後にこれ、やろうよ」


そう言って君が袋から取り出したのは、線香花火。


「…そうだな」

これをやると、全てが終わってしまうような気がして、怖かった。でも君が言うなら、仕方ないよな。

僕たちはその場にしゃがみこむと、蝋燭に灯る火の上に手に持ったそれの先端を触れさせる。静かに着いた明かりは、玉のようになってぱちぱちと燃え始めた。


「きれいだね」

「ああ」

「君はもっと綺麗だけどね」

「……何いってんだ、お前」


君の方がよっぽど、と言いかけて、僕は口を噤んだ。決まりが悪くなって、頭をかく。どこまで僕の気持ちを掻き乱すのか。

照れている僕を見て嬉しそうに笑う君を無視して、縁側の二つの皿を見る。僕はそっとその小さな火の玉を、片方のスイカの上に落とした。


「食べられなくなっちゃうよ?」

「……いいんだ。それでも」


この気持ちは何だろう、と自分の心に問うけれど、分からない。ただ、今しかない子供時代の「夏」を、新しいことで埋めつくしたいんだって、思った。


この庭でこれからも、見えない君と。



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線香花火 芥山幸子 @pecori_

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