枯れた社畜の水平思考
俺は工場に務めている。もう何年になるのか、よく覚えていない。毎日工場に来ては、コンベアーに流れてきた製品を拾って、機械の中に放り込んでスイッチオン。加工が終わるとドアを開けて部品を取り出す。それをまた次のコンベアーに乗せると、次の加工へ行く、という仕組みだ。もはやここでは社会の歯車って言葉すら生ぬるいね。まさに文字通りの歯車なんだから。
「奴隷の夢は奴隷のものだ」
そういう格言が古代ローマにあったとかないとか。実際にはどうでもいいんだが、とにかくそういう格言も通用しないほど、帰ったらクタクタになって疲れているので特に何もするでもなく飯を食って寝る、以外にない。
翌日に起きるまで、夢を見る暇もないってわけだ。
それから帰り際にコンビニかスーパーで買ったパンを、朝にかじる。
そして出発する。
電車は満員で、まるで地獄行きの棺桶のようだ。まさにこれから行く先は地獄でしかないんだが。
そして工場に到着する。社員証を通して工場に入ると、いつものロッカーに行き、いつもの油臭い作業服に着替える。
それから朝の朝礼。
特になんの代わりもない。「生産目標に到達するには〜〜」とか「モチベーションをあげて〜〜」とかいうどうでもいい挨拶は、鼓膜だけを震わせて虚無真空へと消え去っていく。いずれ俺たちも同じ場所へ消えていくだろうが、それまで果たして正気を保っていられるだろうか。正気とはなんだろうか、とうっすら考えているうちに朝礼は終了し、各自が蜘蛛の子を散らすように持ち場へ散っていく。俺はいつもの機械の前についた。
仕事が始まった――という感覚すらなく、工場全体がうなりを上げて稼働していく。
数時間後、ようやく昼食の時間だった。こっちは流し込むような感じで終わり。終わったらさっさと席を立って、休憩室でスマホをいじる。特に何も興味などないが、適当にニュースなどを流し見するのが日課だ。またトラップ大統領が「アメリカに工場を移せ」だの喚いているが、俺にはこの工場やこの仕事同様に、どうでもいいことだ。
さて、昼休みという束の間の休息という気まずい沈黙は、昼休み終了のベルによってお開きとなった。けたたましくなるベルの音を聞くと、めいめいの作業員は朝と同じようにクモの子を散らしたように持ち場へ戻っていく。そこでまた、朝と同じ作業が延々と行われていく。
………
そうして、ようやく仕事が終わる。この間、特に考えることと言えば家に帰ってYouTubeの動画は何見ようかな、とかオナニーのネタは何にしようかな、という程度のことでしかない。
着替え室の中では
「おつかれさま」
という言葉がトラップ大統領の言葉より無意味に空中を飛び交い、そこにいる人間の鼓膜を震わせて虚無真空へと消えていく。
ようやく油臭い作業着を着替えると、朝来た道をそのまま逆コースで引き返す、まるで敗走する兵士みたいに。
家についてようやく社会と会社の歯車の役割が終わったことでホッとする。それからyou tubeで動物系の動画を見て、こんな風になりてえなぁ、と思いながら漫然と時を過ごしているうちに就寝して暗くて静かな空間で眠りにつく。明日、目が覚めるのが嫌だと感じるが、眠りは死ではないし、自分の心臓を自分で止められるわけでもないので、明日の俺もきっと今日の俺と全く同じ日を過ごすんだろうな、という確信めいた予感に支配されながら、やがてそれも脳細胞を震わせるだけで真っ暗な虚無へと沈み込んでいく……
さて、社畜たちが作り上げた製品だが、これは商社へと納品される。そして商社から各地の客先へとさらに納品される。その客先の中に、またしても怪しい商社が存在した。そしてそこからさらに様々な経路を経てロンダリングされた製品は、最終的に港へと積み込まれる。船籍は偽造されており、そこから輸出された品物は北朝鮮へと運ばれていく。
北朝鮮についた部品は、早速組み立て工場へと運ばれていく。
それは燃料をエンジンへ送り込むパイプをつなぐためのものである。そこまで珍しいネジでもない。ハッキリ言ってしまえば、くだらない部品だが、それでもそれがなければミサイルは飛ばないだろう……
先の社畜は、ある日ふとこういうことを考えた。
この機械のボタンが核ミサイルのボタンだったら、何人死ぬんだろう?
しばらくその空想を弄んでいたが、やがて何人死のうがどうでもいい、歯車はいつまでも回り続けるだろう、という真理を発見してからは、何も思考せずに仕事を続けた。
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