第9話 動く!

 深山真一は走っていた――北東の方角、丑虎うしとらへ。もし本当に鬼降ろしをおこなっているのだとすれば、そちらに鬼を招き入れる口を作らなければならない。入り口があるのであればそこから入ることが出来るはずだ。


 深山真一は木崎湖の――遺跡の北東、鬼門を押さえるべく立てられたと思われる、寺の前に立っていた。


「ここか……?」


 寺の中に入ってすぐに、この男の鼻がぴくぴくと反応した。


「これは……このにおいは!」


 カレーのにおい、だった。そのにおいに反応するや否や、境内に向かって走り出した。そこには……カレーに突っ伏して寝ている一人の男がいた。おそらくこの寺の住職だろう。深山は住職に近づき、突っ伏しているカレーを少しだけ指ですくい、口へと運んだ。


「変なもんが混ざっちゃいるが間違いねぇ、昨日の……あのカレーだ。おい住職! 起きやがれっ! 起きろってんだよ!」

「う……ううっ」

「おい、起きたか?」

「うっ?! く、くまっ?! クマーーーーーっ!!! ……ぐたっ」

「ばかやろう! こちとらそんなお約束に時間をとられてるわけにはいかねぇんだよ! おぃ、起きろ! どこの世界に言葉を話す熊がいるってんだ?!」


 住職をこれ以上ないくらい、力いっぱい激しくゆする! その結果……今度は本気で気を失ってしまったようだ。


「ちっ、やわな奴だ……まぁいい。とにかくあのじいさんがここに来たことだけは間違いなさそうだ。何か手がかりでもあればいいんだが、な。仕方がない手当たり次第……」

「にゃ~ご」


 唐突に背後から猫の鳴き声が聞こえた。振り向く深山真一。そこには真っ白い猫が一匹こちらを見つめていた。体型的には少し肥満気味か? その口元にはゴミのようなものをくわえている。


「猫、だな。こんな時、漫画ならこの猫が案内してくれるもんなんだがな……。さすがにそんなことはあり得な……ん?」


 深山真一は、今更ながらに猫がくわえているゴミのようなものの正体に気がついた。


「それは……っ?! 俺のサイフ!」


 その声に驚いたのか、猫は走り出す!

 追う、深山真一!

 猫はその体型に似合わず、機敏に寺の裏手へと走っていった。深山真一が猫を追って行くとそこにはほこら、猫はその祠をがりがりと爪でひっかいていた。

 深山は猫の横に落ちている自分のサイフを拾い上げると、祠の周辺を確認する。


 あっさりと、最近動かした形跡が見て取れた。


「まさに漫画だな、ありがとよ白猫」

「にゃ~ご」


 深山真一の言葉はこの白猫に通じているらしかった。


 すでに何度か開けられているのだろう、祠は特別に力を入れなくてもどけることが出来た。その後ろには予想通り地下へと続いていく道があった。深山は白猫に案内されるままに洞窟にも似た道を進んでいく。それに従い、次第に足下が見えなくなっていく。だが、それと同時に足下が幾分か平坦になっていることにも気がついた。


 つまりここは自然に出来た洞窟などではなく、人為的に作られた遺跡なのだ、と。時折天井の隙間から漏れ入る光を頼りにさらに奥へと進んでいく。懐中電灯は火を噴いた車の中だったな、と思い出してはタイミングの悪さに気が滅入る。


 この遺跡は伝承の通りに作られたものなのか? と民俗学者の深山真一は考える。

 この遺跡から推測されるのはこういった歴史なのか? と考古学者の深山真一は考える。


 モノが作られるには理由がある。

 理由があるからには目的がある。

 目的があるからには結果がつきまとう。

 そして、結果が必要だからこそモノをつくったはずだ。


 俺は知りたい、ただ知りたいだけだ――深山真一は想う。


 過去と未来は表裏一体、繰り返す螺旋らせん


 過去を知ることで、ヒトはどこから来てどこへ向かおうというのか?

 俺はどこから来て、どこへ向かうのか――それを知りたいだけだ。


 深山真一は自分の正体ルーツが知りたかった。

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