第8話 鬼とは?




『遺跡が生きており、術式が行われているとすると今回発見された入口の他にも道があいているはずです。深山さんはそちらを当たってください、私は高柳さんを丸め込んで上諏訪神社の方を当たってみます!』


 別れ際に吉崎はこう言い残していた。

 さらにこうも言っていた。


『食べたカレーの分はちゃんと特ダネで返してくださいよ。それが特報課の存在理由なんですから』


「フフ、吉崎さとる……喰えない奴だ。あいついったい何者だ? ただの公務員にしちゃあ知りすぎている。まぁ、今は踊らされておいてやるか」


 深山真一、踊らされるだけのバカではないようだ。ただ、今はそれを詮索せんさくしているときではない。もし、本当に『鬼降おにおろし』がおこなわれているのであれば止めなくてはならない。それは……この男が上月源一郎に語った鬼姫伝説には、もうひとつ別の解釈があるからだ。


 妹巫女をその手で殺した皇子は、あまりの悲しみに耐えきれずおこなってしまったのだ。

 禁忌を。

 鬼降ろしを。

 鬼降ろしという名の――反魂術はんごんじゅつを。


 ここで言う鬼降ろしの鬼は、今日の一般的に浸透している鬼とは似て非なるものである。現在伝わっている鬼という架空の生物は五行相剋ごぎょうそうこくの考えからきた単なる絵遊びの産物にすぎない。古代中国において北東の方角……丑虎うしとらからの脅威に備えよ、との警告のための心象図イメージ

 その牛(丑)と虎のフォルムを人に与えただけの想像上の生物、それが一般に浸透している鬼、である。


 元来、鬼とは目に見えぬけがれれであった。

 『おに』は『おぬ』、おんの否定形。

 そして『おに』は『於爾おに』、見えなくともそこにいるという意味。

 また、一説には陰の別の読み方だという。

 どちらにせよ、そこには物質的には何もいないという意味だ。

 目に見えぬ災厄、人はこれを畏怖の対象として鬼と呼んだ。


 そしてここでいう鬼降ろしの鬼は目に見えぬ、鬼。鬼は方角として丑虎、北東であることは前述した限りであるが、その方位が司る五行(木火土金水)は土。土は死者が返る場所である。すなわち、この方位から迎えるべくは死者の魂であり、陰なる災い。


 陰気を司る肉体に、陽気を司る魂が宿っているのが生きているヒトである。

 そしてヒトは死して陰陽が分離し、その性質は反転する。

 その反転し、穢れとなった魂を爆発的な陽の気によって引き寄せ、再び肉体に迎え入れる。

 これが鬼降ろし――反魂術のすべてであった。


 過去、皇子のおこなった鬼降ろしは成功したのか?

 それはわからない。

 だが、一つだけ確かなことがあった。


 それは、その結果生まれたのはこの湖だという事実。

 鬼裂きは、鬼を裂いたという意味以外にも鬼によって裂かれたと解釈が出来る。


 鬼によって裂かれて出来た湖、鬼裂湖きざきこ


 幾人もの犠牲者を出して、それさえ後世には伝わっていない出来事。

 それは伝えられる人間が誰一人として生き残らなかった事実を示唆する。


 だが、おかしなことが一つある。

 伝わっていない出来事を、なぜこの男は知ることが出来たのか?


 深山真一には、人には理解できない力があった。


 なんとなく、わかるんだ。


 それは――深山真一にも理解できない力であった。


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