第7話 鬼降ろし




 深山真一と吉崎さとるの二人は木崎湖の南のほとりにある、飲食店兼土産物店兼貸しボート店――星湖亭の奥の座敷のテーブルに向かい合って座っていた。この時間、この場所なら誰にも話の内容を聞かれることはないだろう。例え聞かれたとしても、あまりに突飛な内容のためその意味を汲むことは難しいかもしれないが。そして吉崎は早速本題へと移るべく話を始めた。


「深山さん、早速ですが……」

「その前に重要な話がある。今後の動きに関する重要かつ重大な事柄、最優先事項についてだ……いいか?」

「さ、最優先事項……ですか?」

「ああ」


 深山真一の真剣なまなざしに押されてか、吉崎さとるの額にいやな汗が伝う。この男の重要な話、いったい何がこの男をここまで思い詰めた表情にさせるのか?

 まさか?

 いや、それはないだろう?

 でもこの男のことだ……ないとは言い切れないぞ?

 どうする?

 吉崎は自問自答を繰り返す。しかし当然の事ながら答えは出ず、そして興味を隠すことも出来ず、深山真一に次の言葉を促した。


「それで話とは……なんでしょうか?」

「大盛り3杯までならいいか?」

「は?」

「いや、だからな。このまりえカレーっていうのをだな、3杯は食うとしてだ。……大盛りはありかと聞いてるんだ」


 どこまでも読めない男、いや、ある意味わかりやすい男、深山真一であった。吉崎はホッと胸をなで下ろす。なにがこの吉崎という男をここまで緊張させていたのか、それはわからない。

 この吉崎さとるも、ただの公務員とするには謎の多い男であった。


「ははは……何の因果か昨日が給料日ですよ。お好きにどうぞ」

「ありがてぇ! 恩に着るぜっ!!」


 そういうや否や、電光石火で注文する深山真一。その顔はすでに目的を達成した男の顔だ。


「……相変わらずですね」

「安心したか?」

「ははは。それはともかく話を進めさせていただきますよ?」

「昨日、式神らしきもんに襲われた」

「は?」

「追いかけようと思ったんだが、見失っちまった。誰かが……何かが俺より先にここに来て動いてるようだぜ?」

「大丈夫だった、んです……よね?」

「なにがだ?」

「いえ、襲われたんですよね……その式神に」

「ああ」

「……深山さんって陰陽師かなんかでしたっけ?」

「いや? お前も知っての通り、ただの考古学者だ」

「戦ったんですよね、その……式神と」

「ああ、ぎったんぎったんにしてやった」

「はぁ……ええ、そうですよ。あなたはそういう人です」

「変な奴だな、お前」


 早速運ばれてくる一杯目のカレーに手をつけながら、淡々と深山は語った。それこそ重要な話でしょう、そして変なのはあなたの方ですと言いたげな吉崎の視線がカレーを見つめる。


「やらねぇぞ、これは俺のだからな」

「いりませんよ、そのほかにかわったことはありませんでしたか? たとえば……」

「たとえば変わったじいさんに会わなかったか? とかか?」

「よくわかりますね、さすがは深山さんだ」

「よせやい、単なる偶然だ。いや、その偶然すらだれかさんが仕組んだ必然だったのかもしれんがな」

「……」

「で、あのじいさんはなにもんだ? なぜ今更ここにいる?」


 突き刺すような視線を吉崎さとるに向ける。ただあくまでカレーを咀嚼したくちにいれたままで。真剣なのか、おちゃらけているのかわからない男であった。


「まず、順序立てて話をさせていただきます。一つ目、その老人は上月源一郎こうづき げんいちろう……ですね」


 深山はウム、と頷き返した。


「上月源一郎、例のテレビ番組内でここ木崎湖の遺跡について初めて口にした人です。それが三週間前ですね。その時点ではまだこの遺跡は発見されて……いえ、発見の報告はされていませんでした」


 吉崎はここで一度区切り、水を口に含む。確かに避暑地とはいえ、この季節はそれなりの暑さがある。東京とは比べるべくもないくらい過ごしやすい暑さではあるのだが。

 そしてちょうど、二杯目のカレーが運ばれてきたところだ。なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく深山の持つスプーンがのびる。


 本当にこの男は話を聞いているのか?

 少し不安になりながらも吉崎は言葉を続けた。


「つまり、この上月老人は60年も昔にこの遺跡について知っていたことになります。もちろん、遺跡や古墳とは知らずに物置として使われている場所や、今も普通に存在を確認されておらず、地元の人間にのみ知られている場所といったものもありますが……今回のは少し毛色が違います」

「ほう?」

「この遺跡を発見された方……正確には文化庁に連絡をされてきた方ということになりますが、この方はすでに亡くなっています。病死ということになっていますが、明らかに陰の気に汚染されたことによる発狂死だそうです」

「っていうことは、だ」

「ええ、この遺跡は……生きています」


 二杯目のカレーを胃の中に収めた深山の顔が期待のためか、にぃ、と破顔する。その顔を見て、吉崎はまだ早いですよ、と首を振った。


「なんだ、まだあるのか?」

「ええ、ここからが本題です。くだんの老人、上月源一郎ですが一週間ほど前から行方をくらましていました。こちらは上月氏の主治医から警察に捜索依頼がだされています」

「一週間前? そんなに前からあのじいさんはここにいたって事か?」

「ええ、おそらくはそうでしょう」

「で、それがどうかしたのかよ?」


 三杯目のカレーに手をつけようとしながら、深山は話の続きを促す。


「上月源一郎には孫娘が一人いるんですが……」

「ああ、昨日話したときに……たしか今夜には帰ってくるとか言っていたな」

「本当ですかっ!!!」


 がちゃん! と机がひっくりかえる勢いで吉崎は声を荒げて立ち上がった。


「それが本当だとすると、まずいですよ!」

「なにがまずいんだよ?」

鬼降おにおろしです!」

「鬼降ろし? っていうと、あの古代の術者がおこなったっていうあの鬼降ろしか? まさかっ?!」

「ええ、そのまさかですよ。上月源一郎の孫娘、上月希美香こうづき きみかは一週間前に――死亡しているんですから」

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