第6話 因縁のあるふたり
「長野県警から派遣されました
「ああ、よろしく頼むよ。上からの命令は発掘調査団以外の人間すべての立ち入りを禁ず、だ。これは君たちにも適用されるからそのつもりで」
「は! わかりましたであります!」
形式通りの命令、形式通りの敬礼を受ける。
お役所仕事のセオリーだ。
はぁ~。
こんな仕事さっさと終わらせて温泉にでもつかって帰るぞ、と中年サラリーマン改め、木崎遺跡調査団代表責任者である高柳昇は心の中でため息をついていた。
調査団、といえば大規模なものを想像しがちだが現在のところ警備の警察官4名と高柳、そして吉崎の合計6名がそのすべてであった。
「ったく、吉崎の奴何やってるんだ? ちょっと電話をかけに行ってるだけだってのに何分待たせる気だ? そもそも調査に派遣される考古学者の先生様ってのはいつ来るんだよ? 大体、携帯すら通じないなんておかしいんじゃないか? アンテナの一本も立ってないってのは……」
吉崎は昨日の夕方の電話を思いだし、一段とその機嫌を悪化させていた。だいたい、なぜこんな田舎の遺跡ごときに休日出勤までしなくてはならないのか? はたまたそれ以前になぜこの国の政治的トップである総理大臣自らが命令をだしてくるのか?
一介のサラリーマンである高柳にはわからないことであった。
「何を待ってるんだ? 高柳のおっさん」
唐突に後頭部のさらに上の方から、まさに頭ごなしに声が聞こえた。高柳は何事か、と振り返る。そこには革のジャケットに身を包み、頭の上には特徴的なテンガロンハットをのせた一匹の熊がいた。
こんな風体の熊は世界中どこを探してもこの男だけであった。
「深山……真一か! なんで貴様がここにいる?! はっ、まさか……派遣される考古学者ってのはお前じゃないだろうなっ! そんなことは断じて認めんぞ! アレを見ろ」
「ん?」
高柳が指さした先には立ち入り禁止の立て札があった。その立て札には確かにこう記述があった。
一般人および深山真一の立ち入りを禁ず。
「ははは、俺も有名になったもんだな」
「有名でもなんでもない、お前はいろんな意味で特別だ! お前が関わった遺跡はことごとくその考古学的価値が失われている……わかってるのか?!」
「おぃおぃ、そりゃ誤解だって高柳係長サマよぉ。第一、俺がたたき壊しまくっているわけじゃあるまい?」
「課長だ!」
「ん?」
「高柳課長サマ、だ!」
「お、昇進したのか? そりゃめでたいな」
「ああ、ありがとう……じゃなくてだな! とにかく貴様がいると調査にならんのだ。わかったらさっさと帰れ! シッシッ」
「俺は犬かよ?」
「そんな図体のでかい犬がいてたまるものか。犬ってのはな、もっと愛くるしくて人間様に服従するものなんだよ! まったく、どこから嗅ぎつけてくるのやら」
「ははは、蛇の道は蛇ってね。必要が俺を呼ぶのさ」
「みやまさ~ん!」
遠くから深山を呼ぶ声がする。青年サラリーマン改め調査団補佐、吉崎さとるであった。吉崎は小走りで高柳と深山のいる上諏訪神社跡地へと近づいてきた。
「深山さんもいらしてたんですね。お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。さとるも元気そうでなによりだ」
深山の鼻の穴がぷっくりとふくらんだ。
「あー、吉崎君。こんな奴に挨拶など無用だ。それよりもこんなエセ考古学者ではなしに本物の考古学者の先生はいつ来てくださるんだ? え?」
「ははは。えーっと、それがですね……」
吉崎は話しづらそうに、あさっての方向に視線を移しながら後ろ頭をかいた。この男が困ったときにするお約束のポーズだ。
「実は、学者の先生さんなんですが、先ほどまでキトラ古墳にいらっしゃったそうで……こちらには早くても今日の夕方すぎになるのではないかと」
「あっちゃー、これだからお偉いさんは……」
深山真一は、高柳昇ににやりという視線を投げつけた。
「そ、そんな顔をしてもだめだぞ?! お前は絶対にこの中には入れん! そう、絶対だ! わかったらさっさと失せろ! 吉崎、その男を排除しろ、命令だ!」
「と、言うことですので深山さん、申し訳ありませんがご同行願えますか? 久しぶりですし……食事でもご一緒に」
「ああ、それは助かる。実は財布をなくしちまってな……ほとほと困ってたところなんだ」
「そうですか。では高柳課長、少し出てきますのでしばらくここをおねがいします」
「ああ、どうせ夕方までは調査も何もあったもんじゃないんだ。ゆっくりしてこい」
「わかりました」
「あ、ちょっとまった」
「なんですか?」
「その前に塩をまいていけ! 二度とこっちに熊が来ないようにな」
深山真一と吉崎さとるは顔を見合わせて苦笑した。
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