第7話 生まれた日、或いは生まれ変われる日

『じゃあ、明日10時。駅の噴水前で!』


 昨日、別れ際にした約束。今日はあきらとウォーターワールドでデートだ。海パンにタオルに水中メガネ、ウォーターワールドのチケット、えとせとら……。


「よしっと。これで準備オッケーだな」


 時計の針は9時30分を指していた。


 おや? そう言えば。

 俺はあわてて壁に貼ってある、佳乃さんの予定表に目をやった。


「やっぱり……今日は午前中から来てくれるはずの日、だよな。何か……あったのか?」


 佳乃さんが連絡もせずにこないなんて滅多にないことだ。それに今日の夕方からの花火大会の事もある。昨日帰ってからは佳乃さんに会ってないから、待ち合わせのこととか連絡しておかないと。


「佳乃さんの電話番号は……っと、これだな」


――とぅるるるるぅ~、とぅるるるるぅ~。


 一回、二回、三回……呼び出し音は鳴ってる。

 七回、八回……ガチャ。


「あ、佳乃さん?」

「――はい、桂木です。ただいま留守にしております。ご用件のある方は……」

「留守電か……」


――ピーっ!


「あ、俺だけど……。えーっと、留守電って何を話したらいいのかわかん……」


――ガチャ。


「……もしもし、拓人さんですか?」

「あ、佳乃さん? よかったぁ」

「どうか……しましたか?」

「いや、今日は朝から来てくれる日のはずなのに、来ないからどうしたのかなって」

「……あ、もうこんな時間だったんですね。すみません今から行きます」

「あ、それはいいんだけど。俺もこれからちょっと出かけるからさ、今日の夕方の件で待ち合わせとかどうしようかって思って……」

「……」

「……佳乃さん?」

「あ、すみません。ではそちらに5時でよろしいですか?」

「俺はかまわないけど……佳乃さん、何かあった?」

「いえ……ちょっと寝ぼけてるみたい……拓人さんみたいですね」

「はは、それはひどいなぁ」

「くすっ、では5時に」

「うん、よろしく。じゃあまたあとで」

「はい、それでは」


――ガチャ。


 これで良しっと。それにしても、佳乃さんが寝坊か……珍しいこともあったもんだ。雨、降らないだろうな?


 雪かもしれない。


「っと、今何時だ?! げっ、9時45分?! まずい、かなり急がないと……」


 いくぞ、俺!

 俺は駅前にワープした。


……できたらいいよな。




「はぁ、はぁはぁ、はぁ……間に……合った」


 人力ワープは疲れるし、思いのほか速くないことがわかった。それでも駅前の時計は9時59分を表示している。ビクトリーだ。結果さえ良ければ、とりあえず過程については目をつぶろうじゃないか。


 何を考えてるんだか、俺。わけわかんねぇって。酸素が足りてないんだな。息を整え、辺りを見渡してみる。


 あきらの姿は……まだない。


「まだ来てないのか? ったく、しょうがないなぁ……」

「どなたかお探しですか?」

「えっ?!」


 後ろから、麦わら帽子を目深にかぶった女性が唐突に声をかけてきた。きっとこの人も待ち合わせなんだろうな。


 とりあえず。話しかけられて無視するのも悪いしな。あきらが来るまでの時間つぶしもかねて、話してみることにした。


「ええ、ちょっと友達と待ち合わせなんですよ。この噴水前に10時なんですけどね」

「まぁ、お友達と……?」

「はい。10時にここって指定したのもそいつなんですけど……来る気配ナシ、ですね」

「その方は彼女さんかなにかですか?」

「えーっと、まぁ……そんなもんです」

「きっとかわいい方なんでしょうね」

「うーん、そうでもないですよ。どちらかといえば凶暴かもしれま……」

「(ぴくっ)」

「……」


 目の前の麦わら帽子の女性……って、何となく。いや、本当にどことなく知ってる人に似てるような……。似ているというか、そっくりというか、同一人物っていうか。


「ふ~ん、凶暴……なんだ」

「……ははは、遅かったなあきら」

「この暑いのにダッシュでご苦労様」

「うっ……見てたのかよ」

「まぁ、ね~。とりあえず、時間には遅れなかったから許してあげます」

「はぁ~~~、ありがとうございます」

「ふふっ♪ でも本気でわたしだって気がつかなかったの?」

「ああ、本気で気づかなかった。馬子にも衣装ってこういう事なんだなぁ」

「……」

「……猫に小判、だっけ?」

「……今日は許してあげます」

「マジ? なにか悪いものでも食べたのか?」

「その代わり、おめでとうって言って」

「はぁ? なにがめでたいんだよ?」

「いいの! おめでとう、って言ってほしいの!」

「変なヤツ。まぁいいけどさ、その……おめでとう」

「ありがとう! わたくしこと、二ノ宮あきらは本日をもちまして17歳になりました。えっへん!」

「あ、誕生日……だったのか。本当におめでとう!」

「ありがと~、これで拓人に追いついたね」

「って俺の誕生日、知ってたんだ」

「6月6日生まれ、双子座の17歳、血液型はたぶんO型」

「おー、すごいすごい。俺って血液型Oだったんだ」

「あれ? ちがった?」

「O型じゃないのか?」

「自分の血液型、知らないの?」

「知らない。これだけ几帳面だからA型かなって思ってたけど……」

「それはないね」

「おぃ」

「あはは、この機会に献血でもして血液型調べてもらったら?」

「これからプールに行こうというのに、そういうことを言いますか? 君は」

「冗談だって。それに献血って二十歳にならないとできないんじゃなかったっけ?」

「ふ~ん、どうでもいいや。それより、これからプールに行こうってのに……その格好にその荷物の少なさってのはなんだ?」

「似合ってない?」


 そう言って、あきらはその場でくるりと回って見せた。スカートの裾が回転にあわせてふわっと広がる。


 うっ。

 ちょっと……かわいいかもしれない。頬がゆるむ。もしかすると、にやけてるかも?


 で、でも、そのまま答えるのは俺のプライドが許さないのだ。


「やっぱり、馬子にも……」

「それはもういいから」

「……わかったよ、似合ってます。かわいいです。これでいかがでしょうか?」

「な~んか納得いかないけど、これくらいが拓人の精一杯かな?」

「なんだよそれ」

「自分の胸に手を当ててかんがえてみよー」

「……」

「……わかった?」

「内緒だ。それより、おまえ……水着は?」

「フフフ……」

「な、なんだ? その不気味な含み笑いは?」

「拓人くぅ~ん、今日はわたしの誕生日なんだよ~」

「ああ、おめでとう」

「はい」


 そう言って、俺の目の前に手を差し出してくるあきら。


「……?」

「……」

「はい、握手」

「そうじゃなくって、ほら」

「なに?」

「ヒントは、ぷ……」

「プリン?」

「なんでそこでプリンなのよ。誕生日で『ぷ』からはじまるものなんて決まってるでしょ?」

「……だよな。でも今さっき、おまえの誕生日を知ったばかりの俺様がプレゼントなんて用意してるわけが無かろうに。えっへん!」

「そこでいばると、ものすっごく悲しくならない?」

「ちょっと悲しいかも」

「でしょ? で、そんなあなたにラストチャンス!」

「……非常にいやな予感がするんですけど……?」

「わたしの水着を選ばせてあ、げ、る♪」

「……金、無いぞ?」

「もう。とにかく、わたしの誕生日プレゼントを買いに行くの!」


 そう言って、あきらは俺の腕を抱えるようにして引っ張っていく。一般的には腕を組んで歩いてるって言うのかな……。


「悪い気はしないな……」

「何か言った?」

「いや、別に」


 俺はそんなことを口にしながらも、財布の中身を気にしはじめていた。

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