第8話 想い出の白
「ねぇねぇ、これなんかどう思う?」
「いいんじゃないか?」
「こっちはどう?」
「どっちでもいいと思うぞ」
「じゃあねぇ……」
そう言ってあきらは新しい水着を探しに奥地へと踏み込んでいった。俺はできる限り目立たないように、周囲の様子をうかがう。
やはり、この空間にいるホモサピエンスのオスは俺一人のようだ。非常にまずい。緊急事態だ。この現場を押さえられたら後々面倒なことになるかもしれないな。
「って事で、撤退の許可が……」
「何をひとりでぶつぶつ言ってるのよ?」
「うっ……我、敵に発見されりるれろらろ」
「……頭、大丈夫?」
「ほっとけ。それより水着は見つかったのかよ?」
「う~ん、とりあえず拓人の意見を聞こうと思ってさ。拓人って何色が好き?」
「色?」
「うん、色」
「……無色透明」
「……」
あの、無言で圧力をかけてくるのは非常に怖いのですけど。
「……」
「……って言うのは冗談で、白とか好きだけどな。でも白い水着ってあまり流行ってないよな?」
「そりゃそうよ」
「なんで?」
「スケベ!」
「はぁ? なんだよそりゃ」
「本当に……知らないの?」
「……知らん」
「ふぅ~ん。まぁ、最近の水着はパットとか入ってるからそうでもないみたいだけど、ぬれるとね……透けるのよ」
「じゃあ、やっぱり白だな」
「……まぁ、いいけどね。わたしも白って色は嫌いじゃないし。でも良かった」
「なにが良かったんだ?」
「拓人がもし、スクール水着だ! とか言い出したらどうしようかと思っちゃった」
「その手があったか!」
「……。じゃあちょっと試着しにいくから、拓人もこっちに来て」
「へ?」
「そんなところにいられたんじゃ、わたしが困るの!」
「いや、奥に行くとなると……俺が困るんだけど」
「はやく、はやくっ!」
「お、おぃ! ひっぱるなって! ちょっとまてって、おーい」
周囲からクスクスという謎の笑い声が聞こえていたような気がするが……俺が悪いんじゃない、と心の中で言い訳をする。誰に言い訳をしてるんだか。
「じゃあ、拓人はここで待っててね。覗いたら……コロスから♪」
「いや、あの……」
「じゃーね~♪」
――シャっ!
試着室のカーテンが勢いよく閉じられた。なにやら、中でごそごそと動いている音がする。当たり前か。この薄い布一枚を隔てて、今まさにあきらが着替えを?
こういうのって、健康な男子高校生にはかなりきついものがあるんですけど……。
はっ、そうかっ! これは覗いても良いと言うことなのでしょうか?! いや、むしろのぞけと。
「拓人、ちゃんといる?」
「うおっ、なんだ?! ちゃんといるぞ」
「ちょっと帽子、お願いね」
「ああ」
カーテンの隙間から麦わら帽子が出てきた。俺はそれを手にとる。ふむ、結構しっかりした作りになってるもんなんだなぁ。
とりあえず、かぶってみた。手近なところの姿見で、俺のりりしい姿を確認するか。
……どこかの農場ででも働いてそうなにーちゃんだな、これじゃ。
――シャッ!
「ジャジャーン! お待ちどう様、どうかなこれ?」
「って、おまえそれって! すすすす……スク水じゃん!」
「えへへ、まぁこれはお約束ってやつだよね♪」
「……」
「……何とか言ってよ、恥ずかしいんだから!」
「……」
「ねぇってば!」
「学校の水泳の授業と違って……こういうところで見ると、エッチっぽいな」
「もう、やっぱりスケベだねっ! べーっだ! サービス終わり!」
――シャッ!
再び試着室のカーテンが閉じられた。
「サービス……だったのか?」
いやぁ、まぁ。それにしても……あいつの水着姿なんて初めて見たけど……思ったより胸とかあるのか? まぁ、あくまで思ったよりは……なのではあるのだが。
その辺りがいかにもあきらっぽいとか思ったりして。うん、まぁ、人それぞれだ。あきらはあきららしくて良いと思うぞ、うん。俺の好みとしてはその、手に余るくらいというか……。
――シャっ!
「どうかな? 拓人の好きな白……だよ」
「……!?」
なんだ? なんだ……これって? あきらの白の水着。初めて見てるはずなのに、初めてじゃない気がする。
なぜか、すごく懐かしく……そしてあたたかい。
「……」
「拓人? ねぇたくとってば! どうしたの?」
「う、あ……いや」
「似合わない……かな?」
「そんなこと……ないよ。うん、すごく似合ってる」
「ほんとっ?! ほんとにほんとっ?!」
「ああ、本当に。すごく……その、かわいいよ」
「よかったぁ……」
普段の俺からは考えられないくらい、素直に言葉が出たと思う。自分でもちょっと信じられないくらいだ。それだけあきらに、この水着が似合ってた……って事なんだろうな。
そんなことを考えていると、不意に後ろから声をかけられた。
「おぃおぃ、そこのお二人さん。ここでのラブラブは禁止ですぜ!」
「……恥ずかしくない?」
「えっ……めぐみとちとせ! どうしてここにいるのよ~」
「ふっふっふ、この小室めぐみ様の情報収集力をなめてもらったら困るね!」
「……ただの偶然だから気にしないで」
「……」
「……」
なんか突然わいてきた二人、こいつらがあきらの親友のめぐみとちとせだ。この威勢の良いでっかい方が、小室めぐみ。小さい方が確か……高橋ちとせ。
こいつらのことは……よく知らない。あの告白の時以来、ちゃんと会うのは二度目……か? あきらとの会話の中では何度と無く出てきてるから、全く知らない訳じゃない。
そして、俺の心の中ではでこぼこコンビと呼んでいるのは内緒だ。
「でこぼこコンビだって?」
「……独り言を口に出すのはやめた方がいいよ」
「は?! あはは……聞こえてた?」
「……ばっちり」
「でこぼこ、か。これでも夏休み前までは間にあきらがいたからそれほどでもなかったんだよねぇ~。誰かさんがあきらを独り占めしちゃってるからさ~~~」
「じーーーーーーーっ」
「だ、誰のことかな……俺にはわからないなぁ。あっはっは」
「と、とにかくわたし着替えるから。みんなあっちに行ってて」
「……結城君も一緒に着替えれば?」
「なんでそうなるんだ!」
「なんでそうなるのよ!」
「息、ぴったりだね」
「……そうだね」
「あははは……」
はぁ……なんか一気に疲れた。
「と、とにかくあっちの休憩所で待ってるからな」
「うん、わかった」
そう言って、あきらを除く俺たちはエスカレーター横の休憩所へと向かった。
「それより、結城。あきらとはどこまでいったんだ? あれからもうすぐ一ヶ月だし。もう、やっちゃった?」
「ぶぅぅぅーーーーーっ!」
「……汚い、結城君」
「いや、悪い悪い……って、いきなりそんなことを聞く方が悪いっての!」
「いや、冗談冗談。なんていうか、あきらもあんたもちょっと奥手って感じじゃない? だからさ、ここらで一発カンフル剤をってね」
「はぁ……まいったね、こりゃ」
ふと、昨日のニュースを思い出した。人違いだって確証が欲しかったから、何気なく、他意もなく。
「それはそうと……おまえ、おとといの夕方、隣町の商店街に行ってなかったか?」
「おととい? どうして?」
「俺もちょっと買い物で行ってたんだけど……おまえによく似たやつがいたからさ、声をかけようと思ったんだけど見失って……」
「別に……あんたには関係ない」
「関係ない……か、確かにそうかもな。でも否定はしないんだな」
「……」
「あの日、あのあたりで事件があったらしい」
「事件? なんか結城って警察みたいな事聞くんだね」
「……悪い、忘れてくれ」
「…………」
俺は……何が聞きたかったんだ?
『何でも死体はバラバラに引きちぎられていたとか……ペットとして飼われていた熊かゴリラの仕業じゃないかって……』
佳乃さんも言ってたとおり、人間の力でどうこうできる事件じゃない。物理的に無理だ。それなのに俺は……小室がなにか事件のことを知ってるような気がして……。
仮に知ってたとしてどうするつもりなんだ? 俺には全く関係のないことだし、俺がどうにかできる問題でもない。それにさっきの小室の口ぶりから察すると……どうやら警察にも同じ事を聞かれたみたいだ。
悪いことしたな。
「……それより、今日はあきらの誕生日」
「あ……ああ、そうだな」
「へぇ~~、知ってたんだ」
「……ちょっとびっくり」
「俺をあまり侮らないことだな、うん」
「とか何とか言って、本当はさっきまで知らなかったってオチじゃないでしょうね?」
「ドキっ」
「……心の声が聞こえた気がする」
「やっぱりねぇ。そんなことだと思った。で、あきらが今、会計してるけど……いいの?」
「うっ……ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
「……気をつけて」
なんだかいいようにあしらわれてるな。どんどん情けなくなっていってるような気がする。
いや、そんなことより今はあきらの水着だ。さすがに自分の誕生日プレゼントを自分の金で買いたくはないだろうし。俺としてもできる限りプレゼントしてやりたいというのもあるしな。
……金額と応相談ってやつだが。
「あ、拓人。もうすぐ会計終わるからあっちで待っててくれたらよかったのに」
「あ、いや……。それより、さっきの水着に決めたのか?」
「うん、拓人も気に入ってくれたみたいだし」
「そっか。で、いくらなんだ?」
「え、いいよ。拓人は選んでくれるだけで。お金……ないんでしょ?」
「うっ……。無いことも……ない。値段にもよるが……」
「いいよ、悪いよ。ちゃんと水着代ってお母さんからもらってきてるし」
「さすがにそう言う問題でもないんだよな……もう、後には引けないのだ」
「めぐみとちとせに何か言われた?」
「いや……そう言うわけでもない。やっぱりさ、誕生日プレゼントっていうか……人からもらったものってうれしいだろ? だから……あきらになにかプレゼントしたいんだ」
「拓人……いいの? 本当に」
「ああ」
レジのおねえさんがにっこりとほほえみながら、俺に話しかけてきた。
「カレシさんの気持ちに免じて……ちょいちょいちょいっと。税込み6000円になります。どう、払えそう?」
「あはは……はずかしいなぁ、おねえさん聞いてたんですか?」
「まぁ、聞くなって言う方が無理でしょうね。若いっていいわねぇ……はぁ……」
「でも……いいんですか? この水着ってその倍以上……」
「あー、いいのいいの! あたしの気が変わらないうちに会計しちゃって。ほら、カレシ!」
「あ、はい……6000円っと」
「毎度ありがとうございます、6000円ちょうどいただきます。ありがとうございました……がんばってね☆」
「サンキュー、おねえさんっ!」
気前の良いおねえさんに見送られ、俺たちはレジを後にした。
「じゃあ、これ……。なんか変な感じだけど、あきらにプレゼント。誕生日おめでとう」
「ありがとう。拓人からなにかもらえるなんて……夢みたい……」
「なんだよ、それ。大げさだなぁ」
「ううん、そんなことない。本当に……うれしい……」
「お、おぃ。こんなところで泣くなよ?」
「泣いて……ないよ……」
「……結城君があきらをいじめてる」
「いーけないんだ、いけないんだ~」
「なっ?! お、おぃ、ちょっとまて。俺が何したってんだよ」
「……フフフ、聞きたい?」
「俺、何かしたのか?」
「したね」
「……うん、した」
「これは許されざる行為だ」
「マジか?」
めぐみとちとせの二人は示し合わせたように声を合わせて……。
「デパート内でのラブラブは室内がとても暑くなるので厳禁です! 即刻退去!」
「うわっ、ちょっとまて!」
「きゃっ、めぐみ、ちとせ! それやりすぎだって~~~!」
「それそれそれそれ~~~!」
「……それ~」
あっという間に俺たちはデパートの外に追いやられてしまった。
……暑い。
「じゃあね~、お二人さん。じゃましちゃってごめんね」
「……がんばって」
「……」
「……」
にこにことガラスの向こうで手を振るでこぼこコンビ。
「くそーっ、いいように遊ばれてるな……俺たち」
「そうだね……。でも二人とも悪気があってしたわけじゃないし」
「……だろうな。とにかく、あいつらの気持ちを無駄にしないように楽しもうぜ!」
「うん!」
「そういや、さ。腹減らない?」
駅前の時計はもうすぐ12時であることを告げようとしている。俺の腹時計もなかなかの正確さだ。
「おなか……すいてきたね。でもウォーターワールドまで我慢、だよ」
「なにかあるのか?」
「昨日調べたんだけど、ウォーターワールドの中にある屋台の焼きそばが絶品なんだって。一度食べてみたいなーって」
「オッケー! じゃあ急いでレッツゴーだ!」
「あ、拓人、ゆっくり行っても焼きそばは逃げないよっ!」
「逃げる! 行くぞ!」
俺はそう叫ぶと、あきらの手を取って走り出した。
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