第5話 日常っていつもこんな感じ

 俺たちが向かったのは隣町の商店街だ。普段使っている駅前の商店街でも特に不自由なんてないんだけど、月に一度だけ佳乃さんと一緒に隣町の商店街で買い物をする。もうずーっと続いている日課ならぬ月課みたいなもの、かな。


 基本的には俺の日用品、服や靴、雑貨なんかを買うのが目的。俺一人だと絶対に買いに行かないから、半ば強制的なイベントだ。この一緒に買い物に行くってイベント昔はかなりいやだったんだよな。


 なぜいやだったのか? 今はおぼろげにしか覚えていないけど、きっと周りの家族を見るのがいやだったんだと思う。うらやましいとか、なぜか恥ずかしいとか。


 そして少しだけうれしくて。いろんな気持ちが相まって。


 でも。

 それでもいやだった……のか?


 違うな。今だからわかることかもしれない。いや、気づいていて……いやだって演じてたのかもな。


 そう。

 たぶん俺はそのころから佳乃さんに甘えてたんだと思う。いやだ、とだだをこねることで、佳乃さんに迷惑をかけることで、俺を見てほしかった。


 俺をかまってほしかったんだ。本当にガキだったんだなぁ……。


「はぁぁ~~。俺って奴は……」

「どうかしましたか、拓人さん?」

「え、あ……いや。俺、何か言った?」

「ええ、なんだか疲れたようなため息を……。どこかでひと休みしますか? 買っておかないといけないものは全部買ったと思いますし」

「いや、疲れたとかそういうんじゃないから大丈夫。昔の自分があまりに子供だったんだなぁって思っただけだから」

「ふふっ、そうですね。昔の拓人さんは、一緒にお買い物に行ってくれなくて本当に大変だったんですよ?」

「やっぱり? むぅ。我が事ながら弁解の余地もございません」

「ふふっ」

「でもいつからだろう? こうやって一緒に買い物に行くことに抵抗しなくなったのってさ」

「そんなに昔じゃないですよ。あれは……あ、この話はもうよしましょう」

「えっ? ……あっ。あの……時か。ごめん……なさい」


 そう、だ。確か中学2年の時、古都に住んでたときからの友人(男)が遊びに来てたとき、佳乃さんに大けがをさせたことがある。


 あの後からだ。あのときから、少しでも佳乃さんの負担にならないように、迷惑をかけないようにしようって。佳乃さんの怪我が治るまでは荷物運びとか言って毎日の買い物にもついて行ってた。


 世間一般的に反抗期って呼ばれる時期だったってのもあるけど、あのときほど自分のガキっぽさがいやになったことはない。あれだけのことをしたってのに、佳乃さんは変わらず俺の面倒を見てくれてる。


 それが家政婦の仕事だからって、ふつうできる事じゃない。

 なんで……?


「なんで俺なんかのために」

「いいんですよ。はい、この話はこれで終わり。おしまいです」

「でも……」

「あ、あそこで福引きをやってますよ! ほらっ拓人さん、さっきの買い物で福引き券もこんなにありますし! なにか良いもの当ててくださいね!」

「……うん。よ~し、すんごいの当ててやる!」


 俺は佳乃さんのわざとらしいくらいのはしゃぎ様をありがたく感じながら、昔のことを考えるのをやめにした。


 いつか……。

 いつの日か、これまでの恩返しをすると心に固く誓う。まずはこの福引きで!



「はい、5等ティッシュですね」

「うっ……」

「あと一回ですね、ゆっくりと回してください」


 現実は無情だ。

 神はいるのか!?

 夢は叶うのか?!

 そして……本当にこの福引き、5等以外入ってるのかぁ?!


 俺は目の前に転がりまくっている真っ白な玉を恨みがましく見つめながら、福引きのガラガラをにらむ。


 俺のねらいは2つ。一つは1等、信州秘湯巡りツアー、ペアで一週間。

 この機会に佳乃さん孝行をするのだ!

 でも、この季節に温泉って……楽しいものなのか?


 まぁ、いい。


 もう一つは特等!PSX-TVSW!

 最新のテクノロジーの粋を集めた、家電の集大成だ。なんでもテレビにビデオ、調理器、洗濯機、掃除機とゲーム機が合わさったもの……らしい。今年の秋発売予定で、現物はまだ誰も見たことがないってのがイカスよな?


 フフフ、待ってろ世紀の大発明! 今、俺が当ててやるぜ!


「では、最後の一回、お願いします」

「拓人さん、がんばってくださいね」


――ごくり。

 俺は震える右手を押さえつけるように、左手を添えてゆっくりとハンドルを回し始めた。ガラガラ、と木製の箱を打ち付けるプラスチックの玉。


「とぉりやぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺は最後の気合いを込めてガラガラを回した。


――――カラン……ころころ、かた。


 何いろ……だ?


「あっ、拓人さん今までとは違う色ですよ!」

「……青色の……玉? これって何等?!」

「当たりです~~、おめでとうございます~~!」


 がらんがらんがらん、と売り場のおねえさんが鐘を鳴らす。


 道行く人の注目をあびてるぜ~~~! いったい何等だ?! 温泉か? 究極の家電か?


「いったい何等? なにが当たったんだ?! 一等? それとも特等?!」

「え~っと……」

「ゴクリ」

「青玉は……」

「ふむふむ……」

「3等、ウォーターワールドペアご招待券ですね!」


――ガクッ。

 だめじゃん、俺。


「おめでとうございます~~! 今ので最後ですね? ありがとうございました、またおこしください!」


 がらんがらんがらん!


 3等に不相応なくらい鳴らされている鐘の音に送られて、俺たちは商店街を後にした。



「……はぁ」

「よかったですね、拓人さん。あまり喜んでなさそうですけど……?」

「あはは。まぁ、当たりは当たりだよな。ふぅ」


 さすがにこの福引きで佳乃さんへの恩返しを本気で考えてたわけじゃないけどな。それにしてもウォーターワールドって名前はご大層だけど、改装した市民プールの事だよな。水の世界にご招待?


 ……たぶん、言い過ぎ。


「でもウォーターワールドって結構評判良いみたいですよ。大きな滑り台があったり、船なんかにも乗れるそうですし」

「そっか。あ、佳乃さん! もしよかったら一緒にいかない? ちょうど券も二枚あることだしさ」


 我ながらナイスアイデア! ぐっじょぶ、俺! 佳乃さんにサービスができて、さらに水着姿も拝める! 一石二鳥っていうのはこういう事を言うのか?

 言うのか~~!


「すみません、拓人さん。せっかくのお誘いなんですが……」

「えっ?! だめ……なの?」

「はい、申し訳ありません」

「どうして? 昔はよく行ってたじゃない、市民プール」

「でも……本当に、すみません」

「納得いかない。理由くらい教えてくれてもいいだろ?」

「それは……」

「それは?」

「言えません」

「どうして? それならせめて言えない理由くらい教えてくれても!」

「……」

「……」


 佳乃さんは視線をそらし、口をつぐんだままだ。どうしても理由を話してはくれそうにないらしい。こういう中途半端は……どんどんと俺をいやな気分にしていく。


「行きたくないなら……」

「……」

「俺と行きたくないなら、行きたくないからって言ってくれた方が楽なんだけど?」

「!? いえ、そんなことは決して……」

「じゃあ、なんなんだよ!」


 口からはそんな言葉が出ていた。俺は……俺は、本当はそんなことが言いたいんじゃないだろ? ただ、佳乃さんに楽しんでほしくって。


 この状態で楽しむ?


 無理だって。

 バカか、俺は。


 佳乃さんのため?

 違うだろ、俺が行きたかっただけじゃないか。

 佳乃さんと。

 断られたからって理由をつけて、へそ曲げて、怒鳴って……。

 かっこわりぃ。佳乃さんにだって都合もあるだろうし、行きたくない理由もあるんだ。それを聞く権利なんて……俺にあるわけ……無いじゃないかよ……。


――チクリ。

 少し、どこかが、痛んだ。


「ごめん、佳乃さん……言い過ぎた。俺、本当にバカだ……」

「そんな……。拓人さんは悪くないですよ」

「一方的に俺が悪いに決まってる」

「拓人さんは……佳乃のことを思って。よかれと思って誘ってくださったんですよね?」

「……」

「拓人さんはやさしいですね。本当に……やさしいです」

「そんなこと……」


 うつむく俺の頭を、佳乃さんがやさしく撫でてくれた。こうして撫でてもらうのは何年ぶりだろう……気持ちいい……。


「拓人さん」

「……なに?」


 俺の頭から佳乃さんの手が離れる。名残惜しくその手の行き先を目で追う。


 そこにあったのは、電柱に貼られている一枚のポスター。


「佳乃は……拓人さんとこれに行きたいです」

「これって、花火大会?」

「はい。だめ……でしょうか?」

「だめなわけないだろ! 行こう、花火大会! いつ? 8月15日。おっけー、決まり!」

「ありがとうございます。でも本当にいいんですか?」

「本当も嘘もない、良くないわけがない! もう、雨が降っても雪が降っても絶対行くからね! 約束!」

「雨が降ったら順延って書いてますよ?」

「それでも行く! だから佳乃さんもそのつもりで!」

「くすっ。はい、わかりました」


 佳乃さんの笑顔。俺はただ、これが見たかっただけなんだ。プールでも、花火でも、温泉でもなんでもかまわなかったんだ、俺は。


 俺は……?


「じゃあ、帰りましょうか」

「え、あ、そうだね。もうおなかぺこぺこだよ」

「じゃあ急いで支度しないといけませんね。あ、おしょうゆが切れてるのを忘れてました。買わないと……」

「じゃあ、俺が買ってくるよ。佳乃さんは先に帰って晩飯の支度よろしくっ!」

「そうですか? では、お願いしますね」

「了解っ!」


 俺はダッシュで商店街へと戻った。



 結城拓人は丸大豆醤油を手に入れた。


「醤油ゲット、ミッションクリア!」


 どこかでファンファーレが高らかと鳴り響く。

 たぶん幻聴。


 そんな事は無視して、俺は再びダッシュで帰宅――

 

 あれ? あそこにいるのってあきらの友達の、確か……小室こむろ……めぐみ? 背の高い方、だよな?

 その隣にいる中年オヤジってあいつの父親?


 そう言う感じじゃないな。あの奥って確かご休憩2時間3000円からっていう、いわゆるホテル街じゃなかったっけ?


――ががーーんっ!

 もしかして……俺って、今見てはいけないものを見てしまった?! いや、きっと人違いだよな。もしくは、あっちの方に家があるとか。実は親子とか。


 いやいや、年の離れた兄弟とか、恋人とか。


 そんなことを考えつつも二人が消えた路地へと走ってる俺。


「いない……見失ったか……」


 もし、追いついていたら? 見つかっていたら? そしてそれがあきらの友達だったとしたら……俺はどうするつもりだったんだ?


 わからない。


 気にはなる。なるけど……どちらにしろ、見つからなかった以上ここにいても仕方ないよな。気にしてもしかなたいよな。


 今のは人違い、気のせい。

 ではそう言うことで。


 さて。


 さっさと帰って晩飯だ!


「あ……。醤油くらいなら近所のスーパーでも買えたんじゃ……」


 はぁ……もう少し考えて行動しよう、俺。

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